龍神の記憶と目覚め  日本神話ー⑱天孫降臨(猿田毘古神・天宇受売命)

日本神話ー⑱天孫降臨(猿田毘古神・天宇受売命)

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創作物語版

葦原中国が平定された後、天津国が高天原から葦原中国へ降り立つまでの創作物語版です。
古事記の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

第八章 猿田毘古神(さるたびこのかみ)を送る

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を呼びました。

「天宇受売命(あめのうずめのみこと)よ。

私を先導してくれた猿田毘古神(さるたびこのかみ)を、あなたが送り届けなさい」

「はい」

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、猿田毘古神(さるたびこのかみ)とともに地上を進みました。

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、さらに言いました。

「そして、猿田毘古神(さるたびこのかみ)の名をあなたが背負い、これからも天つ神の御子に仕えなさい」

こうして、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は猿田毘古神(さるたびこのかみ)との結びつきを深めました。

その子孫は猿女君(さるめのきみ)と呼ばれ、祭祀や芸能に関わる氏族として伝えられていきます。

第九章 海に沈んだ猿田毘古神(さるたびこのかみ)

やがて猿田毘古神(さるたびこのかみ)は、阿耶訶(あざか)の海で漁をしていました。

青い海。

静かな波。

しかし、そのとき突然――。

「うっ!」

猿田毘古神(さるたびこのかみ)の手が、大きな比良夫貝(ひらぶがい)に挟まれてしまいました。

「離れよ!」

力を込めて手を引きます。

しかし、貝は離れません。

そのまま猿田毘古神(さるたびこのかみ)は、海の中へ沈んでいきました。

その御魂は、海底へ沈むとき、

底どく御魂(そこどくみたま)

海面へ泡となって浮かび上がるとき、

つぶたつ御魂(つぶたつみたま)

そして、その泡が弾けるとき、

あわさく御魂(あわさくみたま)

と呼ばれたといいます。

猿田毘古神(さるたびこのかみ)の姿は海に消えました。

しかし、その御魂は、海の底から世界へと広がっていったのです。

第十章 返事をしなかった海鼠(なまこ)

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、海の魚たちを集めました。

そして、一匹ずつ尋ねました。

「あなたたちは、天つ神の御子の御膳にお仕えしますか?」

魚たちは次々に答えます。

「はい、お仕えします」

「喜んでお仕えします」

ところが――。

一匹だけ、何も答えないものがいました。

それは海鼠(なまこ)でした。

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は海鼠(なまこ)を見つめます。

「あなたは、どうなのですか?」

しかし、海鼠(なまこ)は答えません。

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、その口を裂きました。

そのため、海鼠(なまこ)の口は今のような形になったのだと伝えられています。

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古事記原文現代訳


■猿田毘古神の送迎と海鼠の由来

邇邇芸命は天宇受売命に言います。 「先導を務めた猿田毘古神をあなたが送りなさい。 その神の名はあなたが背負い、天つ神の御子に仕えなさい。」

こうして猿女君(さるめのきみ)は猿田毘古神の名を背負う氏族となりました。

猿田毘古神は阿耶訶(あざか)で漁をしていたとき、 比良夫貝(ひらぶがい)に手を挟まれ、海に沈んで亡くなります。 その御魂は、 海底に沈むときは底どく御魂(そこどくみたま)、 泡となって上がるときはつぶたつ御魂(つぶたつみたま)、 泡が弾けるときはあわさく御魂(あわさくみたま)と呼ばれます。

天宇受売命が魚類を集めて「天つ神の御子の御膳に仕えるか」と問うと、 海鼠(なまこ)だけが答えませんでした。 そこで天宇受売命は海鼠の口を裂き、 それが現在の海鼠の姿となったと伝えられます。

日本書紀現代語訳

猿田彦大神との出会い

先払いの神が戻り、
「天八街(あまのやちまた)に鼻七握、背七尺、目は八咫鏡のように輝く神がいる」
と報告しました。

天鈿女命(あめのうずめのみこと)が遣わされ、胸を露わにして挑発すると、その神は名乗りました。
「私は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)です。天孫をお迎えするために待っています。」

猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)は
「天孫は筑紫の日向の高千穂の槵触峯(くしふるたけ)に降られる。私は伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴(いすず)の川上に行く」
と言いました。

天鈿女命(あめのうずめのみこと)はこれを天に報告しました。

皇孫は天磐座(あまのいわくら)を離れ、天八重雲(あまのやえくも)を押し分けて降り、筑紫の日向の高千穂の槵触峯(くしふるたけ)に到着しました。
猿田彦神(さるたひこのかみ)は伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴(いすず)の川上に着きました。
天鈿女命(あめのうずめのみこと)は最後まで送って行きました。

皇孫は天鈿女命(あめのうずめのみこと)に、
「お前が露わにした神の名を、お前の姓氏にしよう」
と言い、猿女君(さるめのきみ)の名を賜わりました。
これが猿女君(さるめのきみ)の由来です。

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空海が育った善通寺の近くで生まれ、愛媛県で育ちました。 国立理系大学院を修了後は、大手半導体メーカーで研究開発エンジニアとして勤務し、CPU基盤材料や太陽電池材料の研究に携わっていました。 関西在住時、うつ病療養のために何度か訪れた奈良・大神神社(大物主神を祀る古社)で、不思議な体験をしたことが転機となります。 その出来事をきっかけに記紀を読み始め、十年後、自身の祖先が宇佐八幡初代神官・大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)へと連なる「蛇神族の神官系の血流」であることを突きとめました。 また、20年間どの療法でも改善しなかった難治性うつ病が、瞑想と催眠の研究を続ける中で奇跡的に解消し、人間に本来備わる自然治癒力の発動法を見出しました。 その後、独自のヒーリング法を確立し、5年間にわたり精神疾患を抱える方々への対面施術・指導を行いましたが、コロナ禍を機に現場を引退。現在はサイトを立ち上げ、HSP向けのセルフヒーリングをオンラインで提供しています。 自身の経験から、 「この世界では、時に説明のつかない出来事が起こり、奇跡が起こることがある」 というメッセージを蛇神の血筋として伝えていきたいと考えています。 なお、宗教団体とは一切関係ありません。
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