記紀に記載されている国譲り(葦原中国平定)を創作物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。
高天原(たかまのはら)。
そこには、天つ神々が集い、天地の行く末を見守っていました。
その中心におられたのは、太陽の女神、**天照大御神(あまてらすおおみかみ)**です。
天照大御神は、遥か彼方に広がる地上の国を見つめておられました。

その国は、豊かな葦原がどこまでも広がり、瑞々しい稲穂が実る国。
「豊葦原の千秋長五百秋(ちあきながいほあき)の水穂(みずほ)の国……」
天照大御神は、静かに、しかし力強く仰いました。
「この国は、私の御子が治めるべき国です。」
そして、その御子の名を告げました。
「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)に、この国を治めさせましょう。」
命を受けた**天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)**は、天から地上へ向かうことになりました。
いよいよ、天と地を結ぶ大きな物語が始まろうとしていたのです。
蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
大うつ病、不安、ストレス解消,自律神経失調症といったメンタル不調を瞬時に解消
精神科患者の8割が騙されている?精神医療の実態を知るおすすめ本

天忍穂耳命は、天と地の境にある**天の浮橋(あめのうきはし)**へと進みました。
橋の上から、はるか下を見下ろします。
そこには、豊かな大地が広がっていました。
しかし――。
「……これは……。」
天忍穂耳命の表情が曇ります。
地上には、荒ぶる神々が数多く存在し、争いや騒ぎが絶えません。
「豊葦原の瑞穂の国は……なんと騒がしいのでしょう。」
大地そのものは豊かです。
しかし、そこを治める神々の力は強く、容易に近づくことができそうにはありません。
天忍穂耳命はしばらく地上を見つめていましたが、やがて首を横に振りました。
「今のままでは、私が降り立っても国を治めることは難しいでしょう。」
そして天忍穂耳命は、再び高天原へ戻りました。
天照大御神の前に進み、地上の様子を報告します。
「地上には荒ぶる神々が多く、とても簡単には治められそうにありません。」
天照大御神は、静かにうなずかれました。
「そうですか……。」
そして、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)とともに、次の策を考え始めました。
天照大御神と**高御産巣日神(たかみむすびのかみ)**は、天の安河(あめのやすのかわ)の河原に八百万の神々を集めました。
河原には、神々が次々と集まってきます。
その中には、知恵に優れた**思金神(おもいかねのかみ)**の姿もありました。
天照大御神が神々に告げます。

「葦原中国(あしはらのなかつくに)は、我が御子が治めるべき国として定めた国です。」
高御産巣日神も続けます。
「しかし、そこには荒ぶる神々が多くいます。」
神々は互いに顔を見合わせました。
「では、誰を遣わせばよいでしょうか。」
「誰ならば、地上の神々を言向け(ことむけ)、従わせることができるでしょう。」
そこで思金神が考え始めました。
やがて顔を上げると、こう申し上げました。
「まずは、**天菩比神(あめのほひのかみ)**を遣わすのがよいでしょう。」
神々も賛成しました。
「それがよいでしょう。」
こうして、最初の使者が地上へ向かうことになったのです。

天照大御神の命を受け、天菩比神が地上へ降りました。
目的はただ一つ。
大国主神(おおくにぬしのかみ)に国を譲るよう求めることです。
「大国主神に、天つ神の御子がこの国を治めることを伝えよう。」
天菩比神は地上へ降り、大国主神と出会いました。
ところが――。
大国主神は、国を治める大きな力を持つ神でした。
天菩比神は、次第に大国主神に心を寄せるようになっていきます。
「なるほど……この神が、この国をここまで育ててきたのか。」
やがて天菩比神は、大国主神に媚び従うようになりました。
そして――。
一年が過ぎても。
二年が過ぎても。
天菩比神は高天原へ戻りません。
とうとう三年もの間、何の報告もしなかったのです。
高天原では、神々が心配し始めました。
「天菩比神は、いったいどうしたのでしょう。」
「なぜ、何の報告もないのでしょう。」
天照大御神と高御産巣日神は、再び神々を集めることになりました。
天菩比神はこのままとどまり、出雲氏の祖となります。
天照大御神が仰いました。
「天菩比神は長い間、戻ってきません。」
「今度は、誰を遣わせればよいでしょう。」
思金神が答えました。
「天津国玉神(あまつくにたまのかみ)の御子、**天若日子(あめのわかひこ)**を遣わすのがよいでしょう。」
天若日子は、若く力に満ちた神でした。

彼には、天から授けられた神聖な武具が与えられました。
天のまかこ弓。
天のはは矢。
天若日子は弓と矢を受け取りました。
「この武具をもって、地上の荒ぶる神々を言向けましょう。」
こうして天若日子もまた、地上へと降りていったのです。
しかし――。
高天原の神々は、まだ知りませんでした。
この若い使者もまた、地上で大きな運命に巻き込まれていくことを。

地上へ降りた天若日子は、出雲の地へ進みました。
そこで出会ったのが、大国主神の娘、**下照比売(したてるひめ)**です。
二柱は互いに惹かれ合い、やがて夫婦となりました。
天若日子は、下照比売とともに暮らすうちに、次第に心を変えていきました。
「この国は……豊かで美しい。」
「これほど素晴らしい国を、どうして自分が手放さなければならないのだろう。」
そして、ついにはこう考えるようになります。
「この国は、私が治めてもよいのではないか。」
天若日子は、高天原へ帰ろうとはしませんでした。
一年。
二年。
三年。
そして、八年。
八年もの長い間、天若日子は何の報告もしなかったのです。
高天原では、再び不安が広がりました。
「またしても、使者が戻ってこない……。」
天照大御神と高御産巣日神は、三度目となる神々の会議を開くことになりました。

天照大御神が神々に尋ねます。
「天若日子は、なぜ戻らないのでしょう。」
思金神と八百万の神々は相談しました。
そして答えました。
「雉(きじ)の**鳴女(なきめ)**を遣わすのがよいでしょう。」
こうして鳴女は、地上へ向かいました。
やがて天若日子の家へ到着すると、門の近くに立つ神聖なカツラの木の枝にとまりました。
そして、天つ神の言葉を伝えます。
「天若日子よ。」
「あなたをこの国へ遣わしたのは、荒ぶる神々を言向け、従わせるためです。」
「それなのに、なぜ八年もの間、何の報告もしないのですか。」
鳴女の声が、静かな地上に響き渡ります。
天若日子は黙って聞いていました。
しかし、その場にいた**天探女(あめのさぐめ)**は、鳴女を見上げると、こう言いました。
「この鳥の鳴き声は不吉です。」
「射殺してしまったほうがよいでしょう。」
天若日子の心に、迷いが生まれました。
やがて彼は、天から授かった弓矢を手に取ります。
「……そうするしかない。」
弓を引き絞ります。
そして――。
矢は放たれました。

矢はまっすぐに飛び、鳴女の胸を貫きました。
そして驚くべきことに、その矢は止まりません。
地上から――。
天へ向かって――。
逆向きに飛び上がっていったのです。
矢は天の安河の河原まで届きました。
そこには天照大御神と高木神(たかぎのかみ)、すなわち高御産巣日神がおられました。
高木神は、飛んできた矢を拾い上げました。
その矢羽には、雉の血が付いています。
高木神は矢を見つめました。
「これは、天若日子に授けた矢です。」
神々が息をのみます。
高木神は言いました。
「もし天若日子が、天の命に背かず、悪しき神を射たのであれば、この矢は彼を傷つけないでしょう。」
しかし――。
「もし反逆の心をもって、この矢を放ったのであれば……。」
高木神の目が鋭く光ります。
「この矢によって、天若日子は禍を受けるでしょう。」
そして、高木神は矢を握り直しました。
「見届けましょう。」
矢は再び放たれました。
今度は、天から地上へ。
まっすぐに――。

その頃、地上では天若日子が朝床に横たわっていました。
何も知らず、眠っていたのです。
その時――。
天から一筋の矢が飛んできました。
「――!」
矢は天若日子の胸坂を貫きました。
天若日子は、そのまま息絶えました。
静かな朝。
しかし、その死は地上だけで終わりませんでした。
天若日子が放った矢が天へ届き、そして天から返された矢によって命を落とした。
この出来事は、後に**「還り矢(かえりや)」**の物語として伝えられることになります。
そして、射殺された雉もまた戻ってきませんでした。
「雉のひたつかい」
――雉は戻らない。
そんな言葉の由来も、この神話に結びつけて語られてきました。

夫を失った下照比売は、深い悲しみに包まれました。
「あなた……。」
何度呼んでも、天若日子は答えません。
下照比売は声を上げて泣きました。
「どうして……。」
「どうして、私を残して……。」
その悲しみの声は、風に乗って遠くへ響いていきます。
そして――。
その声は天まで届きました。
高天原にいた天若日子の父、**天津国玉神(あまつくにたまのかみ)**も、その声を聞きました。
「今の声は……。」
「若日子の妻の声ではないか。」
天津国玉神は、家族や妻子を伴って地上へ降りました。
そして、息子の亡骸を見つけると、皆で泣き悲しみました。
蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
大うつ病、不安、ストレス解消,自律神経失調症といったメンタル不調を瞬時に解消
精神科患者の8割が騙されている?精神医療の実態を知るおすすめ本

天若日子のために、喪屋(もや)が建てられました。
すると、不思議なことに、鳥たちが次々と集まってきました。
河雁(かわがん)は、きさり持ち。
鷺(さぎ)は、箒持ち。
翠鳥(かわせみ)は、御食人(みけびと)。
雀(すずめ)は、碓女(うすめ)。
そして雉は、哭女(なきめ)。
それぞれの鳥が、それぞれの役割を担いました。
鳥たちは、人間のように葬儀を行います。
昼が八日。
夜も八夜。
長い長い葬送の儀式が続きました。
鳥たちの鳴き声が、静かな喪屋を包みます。
「カァ……」
「ピィ……」
その声は、まるで死者を送る歌のようでした。
自然界の鳥たちと神々の世界が一つになる、不思議な葬儀でした。

そこへ一柱の神が訪れました。
名を、**阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)**といいます。
天若日子の親しい友でした。
「友の最期を見届けよう。」
そうして喪屋へ入った阿遅志貴高日子根神を見た天津国玉神とその妻は、驚きました。
「若日子!」
「我が子は生きていたのですね!」
「あなた……!」
二柱は涙を流しながら、阿遅志貴高日子根神に駆け寄ります。
その手足にすがりつきました。
「生きていたのですね!」
しかし――。
阿遅志貴高日子根神は、怒りに震えました。
「……何を言っているのです。」

実は、天若日子と阿遅志貴高日子根神は、非常によく似た姿をしていました。
あまりにも似ていたため、父と妻は阿遅志貴高日子根神を、亡くなったはずの天若日子だと思ってしまったのです。
しかし、阿遅志貴高日子根神にとって、それは耐え難いことでした。
「私は、親しい友であったからこそ、弔いに来たのです。」
「それなのに……。」
怒りが込み上げます。
「どうして私を、穢れた死人にたとえるのですか!」
阿遅志貴高日子根神は、腰に佩いた十掬剣(とつかのつるぎ)を抜きました。
その剣の名は、大量(おおはかり)。
また、**神度剣(かむどのつるぎ)**とも呼ばれます。
「これほどの侮辱……許すことはできません!」

阿遅志貴高日子根神は、剣を振り上げました。
「――えいっ!」
ズバッ!
喪屋が切り倒されます。
さらに、阿遅志貴高日子根神は喪屋を足で蹴り飛ばしました。
ドォン!
喪屋は空高く飛びました。
そして遠く離れた場所へ落ちていきます。
それが美濃国の藍見河(あいみがわ)の上流にある**喪山(もやま)**だと伝えられています。
阿遅志貴高日子根神は、怒りを残したまま、その場を飛び去りました。
その姿を見つめる一柱の女神がいました。
同母妹の**高比売命(たかひめのみこと)**です。
「兄上……。」
高比売命は、飛び去る兄の姿を見つめました。
そして、兄の名を世に顕すため、一首の歌を詠みました。

高比売命は、玉飾りの輝きに兄の姿を重ねて歌います。
「天上の若い機織り女が
首にかけている玉の緒のように、
二つの谷に渡って輝く神よ――」
それは、阿遅志貴高日子根神の偉大さを讃える歌でした。
この歌は、**夷振(ひなぶり)**と呼ばれています。
高比売命の歌声は、遠くへ、遠くへと響いていきました。
天若日子の死。
その葬儀。
友との別れ。
そして兄の怒り。
悲しみと怒りが入り混じった出来事は、こうして歌となり、後世へ伝えられることになったのです。
蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
大うつ病、不安、ストレス解消,自律神経失調症といったメンタル不調を瞬時に解消
精神科患者の8割が騙されている?精神医療の実態を知るおすすめ本
天照大御神の宣言
― 「豊葦原の瑞穂の国」は誰が治めるべきか ―
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は仰いました。
「豊葦原の千秋長五百秋(ちあきながいほあき)の水穂の国は、
私の御子である 正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと) が
統治すべき国である。」
こうして天忍穂耳命は、天から地上へ降るよう命じられました。
天忍穂耳命、地上を見て驚く
天忍穂耳命は、天の浮橋に立ち、
地上の様子を見下ろして仰います。
「豊葦原の瑞穂の国は……なんと騒がしいことだ。」
荒ぶる神々が跋扈し、
とても降り立てる状態ではないと判断した天忍穂耳命は、
再び天へ戻り、天照大御神にその様子を報告しました。
八百万の神々、天の安河に集う
そこで天照大御神と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は、
天の安河(あまのやすのかわ)の河原に
八百万(やおよろず)の神々を集め、
思金神(おもいかねのかみ)に思案させて仰せになります。
「この葦原中国(あしはらのなかつくに)は、
我が御子が治めるべき国として委ねた国である。
しかし、そこには荒ぶる神々が多く、
容易には治まらぬであろう。
誰を遣わせば、
地上の神々を言向け(ことむけ=従わせ)ることができるだろうか。」
最初の使者・天菩比神の派遣
思金神と八百万の神々は協議し、
「天菩比神(あめのほひのかみ) を派遣するのがよいでしょう」
と申し上げました。
そこで天菩比神が地上へ遣わされました。
しかし――
天菩比神は地上へ降りると、
大国主神(おおくにぬしのかみ)に媚び従ってしまい、
なんと 三年もの間、天へ報告をしなかった のです。
国譲りの物語が動き始める
ここから、
・次の使者の派遣
・大国主神との交渉
・武力と説得の両面からの「国譲り」
へと物語は進んでいきます。
天菩比神の失敗は、
天界にとって大きな誤算であり、
この後の展開をさらに緊迫させることになります。
天菩比神の失敗と、次の使者を選ぶ天界
天菩比神(あめのほひのかみ)が地上に降りて三年もの間、
大国主神(おおくにぬしのかみ)に媚び従い、
まったく報告をしなかったため、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は
再び八百万の神々にお尋ねになりました。
「葦原中国(あしはらのなかつくに)に派遣した天菩比神は、
長いこと報告をして来ない。
今度はどの神を遣わせばよいだろうか。」
天若日子の選出と、天の弓矢
思金神(おもいかねのかみ)が申し上げます。
「天津国玉神(あまつくにたまのかみ)の御子、
天若日子(あめのわかひこ)を派遣するのがよいでしょう。」
こうして天若日子には、
天のまかこ弓
天のはは矢
という神聖な武具が授けられ、
地上へと派遣されました。
天若日子、地上で下照比売を娶る
ところが天若日子は、葦原中国に降り立つや否や、
大国主神の娘である
下照比売(したてるひめ)
を妻に迎えました。
そして、
「この国は自分が治めよう」
と考え、
八年もの間、天へ報告をしないまま留まり続けたのです。
天菩比神に続き、
二人目の使者までもが地上に取り込まれてしまいました。
天界、再び神々を集める
天照大御神と高御産巣日神は、
再び八百万の神々を集めて仰います。
「天若日子は長い間、何の報告もして来ない。
今度はどの神を遣わして、
天若日子が地上に留まっている理由を問いたださせればよいだろうか。」
思金神と八百万の神々は答えます。
「雉(きじ)・鳴女(なきめ)を遣わすのがよいでしょう。」
雉の鳴女、天から降りる
天照大御神と高御産巣日神は鳴女に命じました。
「あなたが地上へ行き、天若日子にこう尋ねなさい。
『あなたを葦原中国に派遣した理由は、
その国の荒ぶる神々を言向けて従わせるためである。
それなのに、どうして八年もの間、何の報告もしないのか』
と。」
鳴女は天から降り、
天若日子の家の門に立つ
神聖なカツラの木の枝にとまり、
天神の詔(みことのり)をそのまま伝えました。
天のサグメの進言と、雉の運命
天から降りてきた雉の鳴女(なきめ)が、
天若日子に天照大御神の詔(みことのり)を伝えた時、
その声を聞いた 天のサグメ(天探女) が言いました。
「この鳥の鳴き声は不吉です。
射殺してしまった方がよいでしょう。」
天若日子はその言葉を受け、
天から授かった
天のハジ弓
天のカク矢
を手に取り、
雉を射殺してしまいました。
矢は天へと逆飛びする
天若日子の放った矢は、
雉の胸を貫き、
そのまま 逆向きに天へと飛び上がり、
天の安河(あまのやすのかわ)の河原にいた
天照大御神と高木神(=高御産巣日神)のもとへ届きました。
高木神が矢を手に取ると、
矢羽には雉の血がべっとりと付いていました。
高木神の裁き ― 「正しき矢」か「反逆の矢」か
高木神は周囲の神々に矢を示し、こう仰います。
「これは、天若日子に授けた矢である。
もし天若日子が、
天の命に背かず、
悪しき神を射た矢が天に届いたのであれば、
この矢は天若日子に当たらずに戻るがよい。
しかし、もし反逆の心をもって射たのであれば、
この矢によって天若日子は禍(わざわい)を受けよ。」
そう言って、
高木神は矢が通ってきた穴から、
そのまま 地上へ向けて射返しました。
還り矢 ― 天若日子の最期
返された矢は、
地上で朝床に寝ていた天若日子の
高い胸坂(むなさか) に突き刺さり、
彼はそのまま息絶えました。
これが、
「還り矢(かえりや)」の起源
とされています。
また、射られた雉は戻らなかったため、
今でも諺に
「雉のひたつかい」
(=雉は戻らない)
と言うのは、この物語に由来します。
下照比売の嘆き、天まで届く
天若日子が「還り矢」で亡くなった時、
その妻である 下照比売(したてるひめ) は、
深い悲しみに沈み、声をあげて泣きました。
その嘆きの声は風に乗り、
天界にまで響き渡ったといいます。
天にいた
天若日子の父・天津国玉神(あまつくにたまのかみ)
天若日子の妻子
もその声を聞き、
地上へ降りてきて共に泣き悲しみました。
鳥たちが務める「喪屋(もや)」の儀式
天若日子のために喪屋が建てられ、
鳥たちがそれぞれ役割を担いました。
河雁(かわがん) … きさり持ち(喪屋の飾りを持つ役)
鷺(さぎ) … 箒持ち
翠鳥(かわせみ) … 御食人(みけびと)
雀(すずめ) … 碓女(うすめ=穀物を搗く役)
雉(きじ) … 哭女(なきめ=泣き女)
こうして、
昼八日、夜八夜 にわたって葬送の儀が行われました。
鳥たちが葬儀を務めるという描写は、
古代の自然観と神観が美しく融合した場面です。
阿遅志貴高日子根神、誤解される
その時、
天若日子の親友である
阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)
が弔いに訪れました。
すると、天から降りてきた
天若日子の父と妻は、
彼の姿を見るなり泣きながら言いました。
「我が子は生きていた」
「我が夫は生きていた」
二柱の神は、
阿遅志貴高日子根神の手足にすがりついて泣きました。
誤解の理由 ― 二柱の神は瓜二つ
なぜこのような誤解が起きたのか。
それは、
天若日子と阿遅志貴高日子根神の容姿が非常によく似ていた
からです。
そのため、天若日子の父と妻は、
阿遅志貴高日子根神を“死んだはずの天若日子”と見間違えたのです。
阿遅志貴高日子根神の怒り
阿遅志貴高日子根神は激しく怒り、こう言いました。
「私は親しい友であったからこそ弔いに来たのだ。
どうして私を、穢れた死人に擬えるのか。」
そう言うと、
佩いていた 十掬剣(とつかのつるぎ) を抜き、
喪屋を切り伏せ、
さらに足で蹴り飛ばしてしまいました。
この喪屋が飛んで落ちた場所が、
美濃国の藍見河(あいみがわ)の上流にある喪山(もやま)
とされています。
剣の名は
大量(おおはかり)
またの名を 神度剣(かむどのつるぎ)
といいます。
高比売命の歌 ― 神の名を顕すために
阿遅志貴高日子根神が怒って飛び去った時、
その同母妹である 高比売命(たかひめのみこと) は、
兄の名を世に顕そうとして歌いました。
高比売命の歌
天上の若い機織り女が
首にかけている、
玉を緒で貫いた連なりの玉飾りよ、
足玉よ、ああ。
その玉のように、
二つの谷に渡って輝く
阿遅志貴高日子根神よ。
(この歌は「夷振(ひなぶり)」と呼ばれる歌です。)
葦原中国の平定
天照大神(あまてらすおおみかみ)の子である正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)は、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘である栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)を娶られて、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎ)を生まれました。
皇祖である高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、この孫を特に可愛がり大事に育てられました。そして、孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を立てて、葦原中国(あしはらのなかつくに)の君主としたいと思われました。
しかしその国には、蛍火のように輝く神や、蠅のように騒がしい良くない神がいました。また草木も皆よく物を言いました。
そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は多くの神々を集めて尋ねられました。
「私は葦原中国の良くない者を平定しようと思うが、それには誰を遣わしたらよいだろう。諸々の神たちよ、遠慮せず何でも言ってくれ。」
皆が言いました。
「天穂日命(あまのほひのみこと)は大変優れた神です。試してみてはどうでしょう。」
そこで天穂日命(あまのほひのみこと)を遣わしましたが、この神は大己貴神(おおなむちのみこと)におもねり、三年たっても復命しませんでした。
このため、その子である大背飯三熊之大人(おおそびのみくまのうし)、別名・武三熊之大人(たけみくまのうし)を遣わしました。しかしこれもまた父におもねり、何も報告しませんでした。
そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)はさらに諸神を集め、次に遣わすべき者を尋ねられました。
皆は言いました。
「天国玉神(あまつくにたまのかみ)の子の天稚彦(あめわかひこ)は立派な若者です。試してみてはどうでしょう。」
そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、天稚彦(あめわかひこ)に天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天羽羽矢(あまのははや)を授けて遣わしました。
しかしこの神もまた忠実ではありませんでした。
到着すると、大己貴神(おおなむちのみこと)の娘である下照姫(したてるひめ)を妻とし、地上に留まり、
「私も葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めようと思う」
と言って、ついに復命しませんでした。
高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は怪しみ、無名雉(ななしきぎし)を遣わして様子を伺わせました。
雉は天稚彦(あめわかひこ)の門の前の桂の梢にとまりました。
これを天探女(あまのさぐめ)が見つけ、天稚彦(あめわかひこ)に告げました。
「珍しい鳥が来て、桂の梢にとまっています。」
天稚彦(あめわかひこ)は授かった天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天羽羽矢(あまのははや)を取り、雉を射殺しました。
矢は雉を貫き、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の御前に届きました。
尊は矢をご覧になり、
「これは昔、私が天稚彦(あめわかひこ)に与えた矢である。血がついている。国つ神(くにつかみ)と闘ったのだろう。」
と言って矢を投げ返されました。
その矢は天稚彦(あめわかひこ)の胸に当たり、彼は新嘗の行事の後で仰臥していたため、立ちどころに死にました。
これが「射返された矢で死ぬ」ことを忌む由来です。
天稚彦(あめわかひこ)の妻である下照姫(したてるひめ)は泣き悲しみ、その声は天に届きました。
天国玉神(あまつくにたまのかみ)はその声を聞き、疾風を送って屍を天に上げさせ、喪屋を造り殯の式を行いました。
川雁を持傾頭者とし、雀を舂女として、八日八夜泣き悲しみました。
天稚彦(あめわかひこ)が地上にいたとき、味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)と仲が良かったため、この神は天に上って弔いました。
しかしその姿が天稚彦(あめわかひこ)に似ていたため、親族は「まだ生きていた」と喜び泣きました。
味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は怒り、
「朋友の道として穢れも厭わず来たのに、死人と間違えるとは」
と言って刀を抜き、喪屋を切り倒しました。
これが美濃国の藍見川の川上にある喪山となりました。