龍神の記憶と目覚め  日本神話ー⑰天孫降臨1(ニニギ葦原中国へ降り立つ)

日本神話ー⑰天孫降臨1(ニニギ葦原中国へ降り立つ)

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創作物語版

葦原中国が平定された後、天津国が高天原から葦原中国へ降り立つまでの創作物語版です。
古事記の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

第一章 地上の国を治める御子

高天原(たかまのはら)。

そこは、天つ神々が住まう、光に満ちた神聖な世界でした。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、高天原から遠く葦原中国(あしはらなかつくに)を見つめていました。

地上では、長い間、さまざまな神々が国を治めていました。

しかし今、その国を天つ神の御子が治める時が近づいていたのです。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、高木神(たかぎのかみ)とともに、日嗣(ひつぎ)の御子である正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)を呼びました。

「天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)よ」

「はい」

「葦原中国(あしはらなかつくに)は、ついに平定されました。

あなたに委任したとおり、今こそ地上へ天降り、その国を治めなさい」

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は深く頭を下げました。

「かしこまりました。

ただちに支度を整え、地上へ参りましょう」

こうして天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は、天降りの準備を始めました。

ところが――。

その支度をしている間に、一人の御子が誕生したのです。

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第二章 新たな御子、邇邇芸命(ににぎのみこと)

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかぎのかみ)の前へ進み出ました。

「申し上げます。

私が天降る支度をしている間に、子が生まれました」

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は静かに尋ねます。

「その子は、誰の子なのですか?」

「高木神(たかぎのかみ)の娘、萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)との間に生まれた子です。

名を、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)と申します」

それが、後に邇邇芸命(ににぎのみこと)と呼ばれる神でした。

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は続けました。

「私よりも、この御子を天降らせるのがよいのではないでしょうか」

天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかぎのかみ)は、御子を見つめました。

やがて、天照大御神(あまてらすおおみかみ)は静かにうなずきました。

「よろしいでしょう。

この豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)は、あなたが治めるべき国です。

命に従い、地上へ天降りなさい」

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、深々と頭を下げました。

「はい。

天つ神の御子として、地上の国を治めてまいります」

こうして、邇邇芸命(ににぎのみこと)の天降りが決まったのです。

第三章 天の道に立つ神

邇邇芸命(ににぎのみこと)が、いよいよ高天原(たかまのはら)を出発しようとしたときでした。

天への道の辻に、まばゆい光を放つ神が立っていました。

その光は、上は高天原(たかまのはら)を照らし、下は葦原中国(あしはらなかつくに)まで照らすほどでした。

「何者でしょう……」

神々の間に、ざわめきが起こります。

そこで天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかぎのかみ)は、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を呼びました。

「天宇受売命(あめのうずめのみこと)よ」

「はい」

「あの神に尋ねなさい。

『天つ神の御子が天降ろうとしている道に立っているあなたは、いったい誰なのですか』と」

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、少しも恐れることなく、その神の前へ歩み出ました。

「あなたは、どなたですか?

天つ神の御子が天降られる道に立っているあなたは、いったい誰なのですか?」

すると、その神は堂々と答えました。

「私は国つ神です。

名は、猿田毘古神(さるたびこのかみ)と申します」

天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、さらに尋ねます。

「なぜ、ここに立っているのですか?」

猿田毘古神(さるたびこのかみ)は答えました。

「天つ神の御子が天降られると聞きました。

私は、その御子の先導を務めようと思い、ここでお迎えしているのです」

こうして、邇邇芸命(ににぎのみこと)の前に、一人の国つ神が道案内として現れたのでした。

第四章 三種の神器と五柱の神々

邇邇芸命(ににぎのみこと)の天降りの日がやって来ました。

その旅には、特別な神々が付き従います。

天児屋命(あめのこやねのみこと)。

布刀玉命(ふとだまのみこと)。

天宇受売命(あめのうずめのみこと)。

伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)。

玉祖命(たまのおやのみこと)。

この五柱の神々は、それぞれ祭祀や技術を担う氏族の祖神となる神々です。

そして、邇邇芸命(ににぎのみこと)は、三つの尊い宝を携えていました。

八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。

八咫鏡(やたのかがみ)。

草那芸之剣(くさなぎのつるぎ)。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、八咫鏡(やたのかがみ)を御子に授けました。

「この鏡は、私の御魂です。

この鏡を祭るときは、私を祭るように大切にしなさい」

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、鏡を両手で受け取りました。

「母なる大神(おおかみ)の御魂として、大切にお祭りいたします」

さらに、思金神(おもいかねのかみ)には、重要な役目が与えられました。

「あなたは祭祀と政事を司り、御子を支えなさい」

神々は、それぞれの役目を胸に刻みました。

そして、いよいよ出発です。

第五章 雲を押し分け、高千穂へ

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、天の浮橋(あめのうきはし)に立ちました。

眼下には、果てしなく広がる雲。

その遥か下には、まだ見ぬ地上の国があります。

風が吹き抜けました。

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、しっかりと前を見つめました。

「さあ、参りましょう」

神々とともに、一歩ずつ進みます。

雲を押し分け、道を開きながら、天から地上へと降りていきました。

やがて、遥か彼方に山々が見えてきました。

筑紫(つくし)の日向(ひむか)。

そして、その中でもひときわ高くそびえる高千穂(たかちほ)の峰。

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、ついにその大地へ降り立ったのです。

第六章 武装した二柱の神

高千穂(たかちほ)へ降り立った邇邇芸命(ににぎのみこと)の前に、二柱の神が現れました。

天忍日命(あめのおしひのみこと)。

そして、天津久米命(あまつくめのみこと)です。

二柱は武装し、御子の前に立ちました。

「御子よ。

ここから先は、私たちがお守りいたします」

天忍日命(あめのおしひのみこと)は、後の大伴連(おおとものむらじ)の祖となる神。

天津久米命(あまつくめのみこと)は、後の久米直(くめのあたい)の祖となる神です。

邇邇芸命(ににぎのみこと)は二柱に告げました。

「頼りにしています。

ともに、この国を見てまいりましょう」

こうして、武の神々に守られながら、邇邇芸命(ににぎのみこと)は高千穂(たかちほ)の地を進みました。

第七章 高千穂(たかちほ)の宮

邇邇芸命(ににぎのみこと)は、高千穂(たかちほ)の山々を見渡しました。

朝日が山の端から昇っています。

光が大地を照らし、夕暮れには西の空が赤く染まります。

邇邇芸命(ににぎのみこと)は言いました。

「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙(かささ)の御崎(みさき)へも道が通じています。

朝日はまっすぐに差し、夕日は明るく照らしています。

まことに良い土地です」

神々は、その言葉を聞いて喜びました。

そこで、地底の磐石に宮柱を立てます。

太い柱が、大地にしっかりと据えられました。

そして天空に向かって千木(ちぎ)を高くそびえさせます。

壮麗な宮殿が完成しました。

ここから、邇邇芸命(ににぎのみこと)による地上の国づくりが始まったのです。

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古事記原文現代訳

天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高木神(たかぎのかみ)は、 日嗣の御子である正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)に対し、 葦原中国(あしはらなかつくに)が平定されたことを告げ、 「委任したとおり、地上へ天降って統治しなさい」 と命じられます。

しかし天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)は申し上げます。 「私が天降る支度をしている間に子が生まれました。 名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)です。 この御子を天降らせるのがよいでしょう。」

この御子は、天忍穂耳命が高木神の娘である萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)との間にもうけた子で、 天火明命(あめのほあかりのみこと)と、日子番能邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)の二柱です。

天照大御神と高木神は、天忍穂耳命の言葉を受け入れ、 邇邇芸命(ににぎのみこと)に対して正式に委任を下します。 「この豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)は、あなたが統治すべき国です。 命に従って天降りなさい。」

■猿田毘古神との邂逅

邇邇芸命が天降ろうとするとき、 天の道の辻に、上は高天原(たかまのはら)を照らし、 下は葦原中国を照らす神が立っていました。

天照大御神と高木神は、天宇受売命(あめのうずめのみこと)に命じます。
「あなたはか弱い女であるが、向き合った神に気おくれせず圧倒できる神です。 その神に向かい、『天つ神の御子が天降る道に立っているあなたは誰か』と尋ねなさい。」

天宇受売命が問いかけると、その神は答えます。 「私は国つ神で、名は猿田毘古神(さるたびこのかみ)と申します。 天つ神の御子が天降られると聞き、先導の役にお仕えしようと思い、ここでお迎えしております。」

■天孫の随伴神と三種の神器

邇邇芸命は、 天児屋命(あめのこやねのみこと)、布刀玉命(ふとだまのみこと)、 天宇受売命(あめのうずめのみこと)、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)、 玉祖命(たまのおやのみこと)という五部族の祖神を伴い、 さらに八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草那芸之剣(くさなぎのつるぎ)を携えて天降ります。

天照大御神は八咫鏡に対し、 「この鏡は私の御魂として、私を拝むように敬って祭りなさい」 と告げ、 思金神(おもいかねのかみ)には祭祀と政事を司る役を与えます。

■高千穂への降臨

邇邇芸命は天の浮橋(あめのうきはし)から浮島に立ち、 雲を押し分けて道を開き、 筑紫の日向(ひむか)の高千穂(たかちほ)の霊峰へと天降ります。

その際、天忍日命(あめのおしひのみこと)と天津久米命(あまつくめのみこと)が 天孫の前に立ち、武装して随伴します。 天忍日命は大伴連(おおとものむらじ)の祖、 天津久米命は久米直(くめのあたい)の祖となります。

邇邇芸命は高千穂の地を見て言います。 「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙の御崎(かささのみさき)へ道が通じ、 朝日がまっすぐ差し、夕日が明るく照る国である。 まことに良い土地だ。」

そこで地底の磐石に宮柱を立て、 天空に千木(ちぎ)を高くそびえさせ、 壮麗な宮殿に住まわれます。

日本書紀現代語訳

天孫降臨

時に、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、真床追衾(まとこおうふすま)で瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を包んで降ろしました。
皇孫は天の磐座(あまのいわくら)を離れ、天の八重雲(あまのやえくも)を押しひらき、勢いよく道を踏み分けて進み、日向(ひむか)の襲(そ)の高千穂の峯(たかちほのみね)にお降りになりました。

皇孫はお進みになり、槵日の二上(くしひのふたかみ)の天の梯子(あまのはしご)から浮島の平らな所にお立ちになり、瘦せた不毛の地を丘続きに歩かれ、良い国を求めて吾田国(あたくに)の長屋の笠狭崎(かささのみさき)にお着きになりました。

そこに人がいて、自らを事勝国勝長狭(ことかつくにかつながき)と名乗りました。
皇孫が「国があるのかどうか」と問われると、彼は「国があります。お気に召しましたら、どうぞごゆるりと」と答えました。
それで皇孫はそこに止まられました。

その国に美人がいました。
名を鹿葦津姫(かしつひめ)といい、またの名を神吾田津姫(かむあたつひめ)、また木花開耶姫(このはなさくやひめ)ともいいます。
皇孫が「あなたは誰の娘ですか」と問われると、
「私は天つ神(あまつかみ)が大山祇神(おおやまつみのかみ)を娶って生まされた子です」
と答えました。

皇孫はこの姫を召されました。
すると一夜で妊娠しました。
皇孫は疑って、
「たとえ天つ神であっても、一夜で孕ませることができようか。お前が孕んだのは我が子ではあるまい」
と言われました。

鹿葦津姫(かしつひめ)は怒り、無戸室を作って籠もり、誓約して言いました。
「もし私が孕んだ子が天孫の子でないなら焼け滅びるでしょう。もし本当に天孫の子なら火も損なうことはできません。」
そして火をつけて室を焼きました。

燃え上がる煙の中から生まれた子を火闌降命(ほのすそりのみこと)と名づけました。
これが隼人(はやと)の始祖です。

次に熱を避けてお出でになるときに生まれた子を彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)と名づけました。
次に生まれた子を火明命(ほのあかりのみこと)と名づけました。
これが尾張連(おわりむらじ)の始祖です。
全部で三人の御子です。

しばらくして瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)はお隠れになりました。
それで筑紫(ちくし)の日向(ひむか)の可愛の山(えのやま)の陵(みささぎ)に葬りました。

別の言い伝え(第一)

天照大神(あまてらすおおみかみ)が天稚彦(あめわかひこ)に、
「豊葦原中国(とよあしはらなかつくに)は我が子が王たるべき国である。しかし強暴な悪い神たちがいる。まずお前が行って平定せよ」
と言われました。

天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天真鹿児矢(あまのかごや)を授けて遣わされました。
天稚彦(あめわかひこ)は天降って国つ神(くにつかみ)の娘を多く娶り、八年たっても復命しませんでした。

天照大神(あまてらすおおみかみ)は思兼神(おもいかねのかみ)を召して事情を問われました。
思兼神(おもいかねのかみ)は「雉子(きぎし)を遣わして問わせるのが良いでしょう」と言いました。

雉子(きぎし)は天稚彦(あめわかひこ)の門前の桂の梢にとまり、
「なぜ八年の間、復命しないのか」
と問いました。
天探女(あまのさぐめ)がこれを見て、
「鳴き声の悪い鳥がいる。射殺してしまいましょう」
と言いました。

天稚彦(あめわかひこ)は天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天真鹿児矢(あまのかごや)で雉を射ました。
矢は雉を貫き、天上の天神のもとへ届きました。

天神は矢を見て、
「これは昔、天稚彦に与えた矢だ。どうして戻ってきたのか」
と言い、呪いをかけて矢を投げ返しました。

矢は天稚彦(あめわかひこ)の胸に当たり、彼は死にました。
これが「返矢は恐ろしい」と言われる由来です。

その後、天稚彦(あめわかひこ)の妻子が天から降りてきて柩を持ち上り、天上に喪屋を作って殯を行いました。

味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は友として弔いに来ましたが、姿が天稚彦に似ていたため、妻子が「まだ生きていた」と喜びました。
味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は怒り、十握剣で喪屋を切り倒しました。
これが美濃国(みののくに)の喪山です。

皇孫の降臨と猿田彦大神

天照大神(あまてらすおおみかみ)は万幡豊秋津姫命(よろずはたとよあきつひめのみこと)を正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほみみのみこと)に娶わせ、葦原中国(あしはらのなかつくに)に降らせました。

しかし尊は天浮橋(あまのうきはし)に立って下を見て、
「あの国はまだ平定されていない」
と言って天に戻りました。

そこで天照大神(あまてらすおおみかみ)は武甕槌神(たけみかつちのかみ)と経津主神(ふつぬしのかみ)を遣わし、先に平定させました。

二神は出雲(いずも)に降り、大己貴神(おおあなむちのみこと)に
「国を天つ神に奉るか」
と問いました。
大己貴神(おおあなむちのみこと)は子の事代主(ことしろぬし)に尋ね、
事代主(ことしろぬし)は「奉らぬ理由はない」と答えました。

こうして国は平定されました。

天照大神(あまてらすおおみかみ)は
「ならば皇孫を降らせよう」
と言われ、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほににぎのみこと)を選ばれました。

八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の三種の神器を授け、
天児屋命(あめのこやねのみこと)、太玉命(ふとだまのみこと)、天鈿女命(あめのうずめのみこと)、石凝姥命(いしこりどめのみこと)、玉屋命(たまのやのみこと)を従わせました。

皇孫に勅して言われました。
「葦原の千五百秋の瑞穂の国は、我が子孫が治める国である。行きなさい。宝祚は天地と共に尽きることがない。」

猿田彦大神との出会い

先払いの神が戻り、
「天八街(あまのやちまた)に鼻七握、背七尺、目は八咫鏡のように輝く神がいる」
と報告しました。

天鈿女命(あめのうずめのみこと)が遣わされ、胸を露わにして挑発すると、その神は名乗りました。
「私は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)です。天孫をお迎えするために待っています。」

猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)は
「天孫は筑紫の日向の高千穂の槵触峯(くしふるたけ)に降られる。私は伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴(いすず)の川上に行く」
と言いました。

天鈿女命(あめのうずめのみこと)はこれを天に報告しました。

皇孫は天磐座(あまのいわくら)を離れ、天八重雲(あまのやえくも)を押し分けて降り、筑紫の日向の高千穂の槵触峯(くしふるたけ)に到着しました。
猿田彦神(さるたひこのかみ)は伊勢の狭長田(さなだ)の五十鈴(いすず)の川上に着きました。
天鈿女命(あめのうずめのみこと)は最後まで送って行きました。

皇孫は天鈿女命(あめのうずめのみこと)に、
「お前が露わにした神の名を、お前の姓氏にしよう」
と言い、猿女君(さるめのきみ)の名を賜わりました。
これが猿女君(さるめのきみ)の由来です。

別の言い伝え(第二)

別の言い伝え(第二)によると、天つ神が経津主神(ふつぬしのかみ)と武甕槌神(たけみかつちのかみ)を遣わし、葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定させられました。

そのとき二柱の神は、
「天に悪い神がいます。名を天津甕星(あまつみかほし)といいます。またの名は天香香背男(あまのかかせお)です。どうかまずこの神を除き、それから降って葦原中国を平定させて頂きたい」
と言いました。

このとき、甕星(みかほし)を征する斎主を斎の大人(いわいのうし)といいました。
この神は今、東国の檝取(かとり)(香取)の地にお出でになります。

時に、二柱の神は出雲(いずも)の五十田狭(いたさ)の小汀(おばま)に降って、大己貴神(おおあなむちのみこと)に、
「お前はこの国を天つ神に奉るかどうか」
と問われました。

大己貴神(おおあなむちのみこと)は、
「あなた方二神の言われることはどうも怪しい。私が元から居るところへやって来たのではないか。許すことは出来ぬ」
と答えました。
そこで経津主神(ふつぬしのかみ)は帰り上って報告しました。

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は二柱の神を再び遣わし、大己貴神(おおあなむちのみこと)に勅して言いました。

「今、お前の言うことを聞くと、深く理に叶っている。それで詳しく条件を揃えて申しましょう。
あなたが行う現世の政治は皇孫が致しましょう。あなたは幽界(ゆうかい)の神事を受け持ちなさい。
あなたの住むべき宮居(みやい)は、今からお造りしますが、千尋もある栲(たえ)の縄で結び固めて造りましょう。
柱は高く太く、板は広く厚く致しましょう。供田も作りましょう。
また、あなたが海に遊ばれるために、高い橋や水上に浮く橋、鳥のように速く走る船なども造りましょう。
さらに天上の安河(やすかわ)に掛け外しのできる橋を造りましょう。
また幾重にも革を縫い合わせた白楯(しらたて)を造りましょう。
あなたの祭祀を掌るのは、天穂日命(あめのほひのみこと)が致します。」

そこで大己貴神(おおあなむちのみこと)は、
「天つ神のおっしゃることは、こんなに行き届いている。どうして仰せに従わないことがありましょうか。
私が治めるこの世のことは、皇孫がまさに治められるべきです。私は退いて幽界の神事を担当しましょう」
と答えました。

そこで岐神(ふなとのかみ)(猿田彦神)を二神に勧めて、
「これが私に代わってお仕え申し上げるでしょう。私は今ここから退去します」
と言い、体に八坂瓊(やさかに)の大きな玉をつけて、永久にお隠れになりました。

その後、経津主神(ふつぬしのかみ)は岐神(ふなとのかみ)を先導役として方々を巡り歩き、平定しました。
従わない者は斬り殺し、帰順する者には褒美を与えました。

このとき帰順した首長は、大物主神(おおものぬしのかみ)と事代主神(ことしろぬしのかみ)でありました。
そこで八十万神(やそのかみ)を天高市(あめのたけち)に集め、この神々を率いて天に上り、その誠の心を披歴しました。

時に、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は大物主神(おおものぬしのかみ)に勅して言いました。「お前がもし国つ神を妻とするなら、私はお前がまだ心を許していないと考える。
そこで、これから我が娘の三穂津姫(みほつひめ)をお前に娶わせて妻とさせたい。
八十万神(やそのかみ)を引き連れて、永く皇孫のために守って欲しい。」

そして、紀国(きのくに)の忌部の遠祖である手置帆負神(たおきほおいのかみ)を笠作りの役目とし、
彦狭知神(ひこさちのかみ)を盾作りの役目とし、
天目一箇神(あまめひとつかのかみ)を鍛冶の役とし、
天日鷲神(あまのひわしのかみ)を布作りの役とし、
櫛明玉神(くしあかるたまのかみ)を玉作りの役としました。

太玉命(ふとたまのみこと)は、天孫の代理として大己貴神(おおあなむちのみこと)を祀る役を負いました。これが始まりです。

また天児屋命(あめのこやねのみこと)は神事の元締であり、太占(ふとまに)の占いを役目としました。

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は勅して言いました。

「私は天津神籬(あまつひもろぎ)と天津磐境(あまついわさか)を造り、皇孫のために謹んで祭ろう。
天児屋命(あめのこやねのみこと)と太玉命(ふとたまのみこと)は天津神籬をもって葦原中国に降り、皇孫のために謹んで祭りなさい。」
そして二神を遣わし、天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)に付き従わせて降らせました。

このとき天照大神(あまてらすおおみかみ)は宝鏡(ほうきょう)を手に持ち、天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)に授けて言いました。
「我が子がこの宝鏡を見るのは、私を見るのと同じであるべきだ。共に床を同じくし、部屋を一つにして慎み祭る鏡とせよ。」

また天児屋命(あめのこやねのみこと)と太玉命(ふとたまのみこと)に勅して、
「お前たち二神は共に同じ建物に侍って、よく守りの役をせよ」
と言われました。

さらに、
「我が高天原(たかまがはら)の斎庭(ゆにわ)の稲穂を我が子に与えなさい」
と言われました。

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘の万幡姫(よろずはたひめ)を天忍穂耳尊(あまのおしほみみこと)に娶わせ、妃として降らせました。

その途中の大空で生まれた子を天津彦火壤瓊瓊杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)といいます。
この皇孫を親の代理として降らせようと思われました。

天児屋命(あめのこやねのみこと)と太玉命(ふとたまのみこと)以下の諸神をすべてお伴とし、前例のごとく装束を授けられました。
そののち天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)は天に帰られました。

天津彦火瓊瓊杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)は日向の槵日(くしひ)の高千穂峯(たかちほのみね)に降られ、膂宍の胸副国(そししのむなそうくに)を丘続きに求め歩き、浮渚在平地(うきじまりたいら)に立たれ、国主である事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)を召して尋ねられました。事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)は、
「ここに国があります。勅のままにどうぞ御自由に」
と答えました。

皇孫は宮殿を建てて住まわれました。
後に浜辺で美人をご覧になり、
「お前は誰の娘か」
と尋ねられました。

美人は答えました。
「私は大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘で、名は神吾田鹿葦津姫(かむあたかしつひめ)、またの名を木花開耶姫(このはなさくやひめ)といいます。姉に磐長姫(いわながひめ)がいます。」

皇孫は、
「お前を妻にしたい」
と言われました。

木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、
「父にお尋ね下さい」
と答えました。

大山祇神(おおやまつみのかみ)は二人の娘に多くの物を持たせて奉りました。
皇孫は姉を醜いと思われて返し、妹を召されました。

一夜で妊娠したため、磐長姫(いわながひめ)は恥じて呪い、
「もし私を退けなければ、御子は永遠に生きたでしょう。しかし妹だけを召されたので、その子は木の花のように散るでしょう」
と言いました。

これが人の命が短い理由とされます。

木花開耶姫(このはなさくやひめ)は恥じて塗籠を作り、
「もし他の神の子なら不幸になるでしょう。本当に天孫の子なら無事に生まれるでしょう」
と誓い、火をつけました。

炎が出始めたときに生まれた子を火酢芹命(ほのすせりのみこと)、
火の盛んなときに生まれた子を火明命(ほのあかりのみこと)、
次に生まれた子を彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、またの名を火折尊(ほおりのみこと)といいます。

別の言い伝え(第四)

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は真床覆衾(まとこおうふすま)をもって、天津彦国光彦火瓊瓚杵尊(あまつひこくにてるひこほのににぎのみこと)にお着せになり、天磐戸(あまのいわと)を開き、天八重雲(あまのやえぐも)を押し分けて降ろされました。

そのとき、大伴連(おおとものむらじ)の遠祖である天忍日命(あまのおしひのみこと)、来目部(くめべ)の遠祖である天槵津大来目(あめくしつおおくめ)を率いて、背には天磐鞔(あまのいわゆき)を負い、臂には高鞆をつけ、手には天梔弓(あまのはじゆみ)と天羽羽矢(あまのははや)、八目の鏑矢を添え、柄頭が槌のような剣を帯び、天孫の前に立って降りました。

日向(ひむか)の襲(そ)の高千穂(たかちほ)の扼日(くしび)の二上峯(ふたかみのたけ)の天浮橋(あまのうきはし)に至り、「うきじまのたいら」に立ち、膂宍(そしし)の空国(むなくに)を丘続きに求め歩き、吾田(あた)の長屋(ながや)の笠狭(かささ)の崎に着かれました。

そこに一人の神がいて、名を事勝国勝長狭(ことかつくにかつながさ)といいました。
天孫が「ここに国があるか」と問うと、「あります。勅のままに奉ります」と答えました。
この事勝国勝長狭は伊奘諾尊(いざなぎのみこと)の子で、またの名を塩土老翁(しおつつのおじ)といいます。

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空海が育った善通寺の近くで生まれ、愛媛県で育ちました。 国立理系大学院を修了後は、大手半導体メーカーで研究開発エンジニアとして勤務し、CPU基盤材料や太陽電池材料の研究に携わっていました。 関西在住時、うつ病療養のために何度か訪れた奈良・大神神社(大物主神を祀る古社)で、不思議な体験をしたことが転機となります。 その出来事をきっかけに記紀を読み始め、十年後、自身の祖先が宇佐八幡初代神官・大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)へと連なる「蛇神族の神官系の血流」であることを突きとめました。 また、20年間どの療法でも改善しなかった難治性うつ病が、瞑想と催眠の研究を続ける中で奇跡的に解消し、人間に本来備わる自然治癒力の発動法を見出しました。 その後、独自のヒーリング法を確立し、5年間にわたり精神疾患を抱える方々への対面施術・指導を行いましたが、コロナ禍を機に現場を引退。現在はサイトを立ち上げ、HSP向けのセルフヒーリングをオンラインで提供しています。 自身の経験から、 「この世界では、時に説明のつかない出来事が起こり、奇跡が起こることがある」 というメッセージを蛇神の血筋として伝えていきたいと考えています。 なお、宗教団体とは一切関係ありません。
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