龍神の記憶と目覚め  日本神話ー⑨出雲伝説(大気都比売神の悲劇、八俣大蛇)

日本神話ー⑨出雲伝説(大気都比売神の悲劇、八俣大蛇)

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創作物語版

スサノオの伝説を物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

第一章 須佐之男命への処罰

天岩戸(あまのいわと)が開かれ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が再び姿を現すと、世界にはまばゆい光が戻りました。

高天原(たかまのはら)の神々は、ようやく訪れた平穏に胸をなで下ろしました。

しかし、その一方で、速須佐之男命(はやすさのをのみこと)が高天原で繰り返した乱暴な行いについて、神々は厳しく話し合いました。

そして、須佐之男命には、その罪を償わせることが決められました。

多くの贖(あがな)いの品を負わせ、さらに髭(ひげ)を切り、手足の爪を切り落としました。

そして最後に、神やらい――すなわち、高天原からの追放が申し渡されたのです。

こうして須佐之男命は、天上の世界を離れることになりました。

これまで姉である天照大御神(あまてらすおおみかみ)と激しくぶつかってきた須佐之男命でしたが、この追放によって、その運命は大きく変わっていくことになります。

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第二章 大気都比売神との悲劇

高天原(たかまのはら)を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)は、地上へ向かって旅を続けました。

その途中、須佐之男命は食べ物を求めて、大気都比売神(おおげつひめのかみ)のもとを訪れました。

大気都比売神は、食物を生み出し、神々に食事を供する女神です。

女神は須佐之男命のために、さまざまな食べ物を用意しました。

ところが、その食物を作る姿を須佐之男命が見てしまったことから、悲劇が起こります。

大気都比売神は、自らの身体から食物を取り出していたのです。

鼻から、口から、そして身体のさまざまなところから食べ物を生み出し、それを調理していました。

その姿を見た須佐之男命は、

「この女神は、汚れたものを私に食べさせようとしているのではないか」

と誤解してしまいました。

怒りに燃えた須佐之男命は、大気都比売神を殺してしまいます。

しかし、ここで物語は終わりませんでした。

女神の身体から、新たな命が次々と生まれたのです。

第三章 大気都比売神の身体から生まれた穀物

大気都比売神(おおげつひめのかみ)の亡骸(なきがら)からは、さまざまな恵みが生まれました。

頭からは蚕(かいこ)が生まれました。

両目からは稲の種が生まれました。

両耳からは粟(あわ)が生まれました。

鼻からは小豆(あずき)が生まれました。

陰部からは麦が生まれました。

尻からは大豆が生まれました。

それは、死から新しい生命が生まれるという、古代の人々が抱いた大きな世界観を物語っています。

一柱の女神の命が失われる一方で、その身体からは、人々の暮らしを支える食物が生まれたのです。

そして、この出来事を知った神産巣日御祖命(かみむすひのみおやのかみ)は、そこから生じた種々の種を取り出し、人々のための食物として定めました。

こうして稲、粟、麦、豆、そして蚕などの起源が、神話の中で語られることになったのです。

第四章 出雲国・鳥髪への降臨

天上の世界を追われた須佐之男命(すさのおのみこと)は、やがて出雲国(いずものくに)へとたどり着きました。

降り立った場所は、肥河(ひのかわ)の上流にある鳥髪(とりかみ)という土地でした。

静かな山々に囲まれたその場所で、須佐之男命は不思議なものを目にしました。

川上から、一本の箸(はし)が流れてきたのです。

「この川の上には、人が住んでいるに違いない」

そう考えた須佐之男命は、箸が流れてきた方向へ向かって、川をさかのぼっていきました。

すると、やがて川上に、一組の老夫婦と一人の若い娘の姿が見えてきました。

老夫婦は娘を間に置き、悲しそうに泣いていました。

第五章 足名椎・手名椎と櫛名田比売

須佐之男命(すさのおのみこと)は、老夫婦に尋ねました。

「あなたたちは、いったい誰なのだ。なぜ、そのように泣いているのだ。」

老父は涙をぬぐいながら答えました。

「私は国つ神(くにつかみ)大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、足名椎(あしなづち)と申します。妻は手名椎(てなづち)です。そして、この娘は櫛名田比売(くしなだひめ)と申します」

須佐之男命は、さらに尋ねました。

「では、なぜ二人は泣いている。」

足名椎は、震える声で答えました。

「私たちには、もともと八人の娘がおりました。しかし、高志(こし)の八俣大蛇(やまたのおろち)が毎年やって来て、娘を一人ずつ呑み込んでいったのです」

「そして、とうとう最後に残った娘が、この櫛名田比売なのです」

老夫婦の涙が、地面へ落ちました。

「今年も、あの恐ろしい大蛇がやって来ます。ですから、私たちはこうして泣いているのです」

須佐之男命は、静かに娘を見つめました。

そして、心に一つの決意を抱いたのです。

第六章 八俣大蛇、その恐ろしき姿

「その八俣大蛇(やまたのおろち)とは、いったいどのような姿をしているのですか」

須佐之男命が尋ねると、足名椎は恐ろしそうに答えました。

「その目は、赤加賀知(あかかがち)、つまり真っ赤な酸漿(ほおずき)のようです」

「身体は一つですが、頭が八つ、尾も八つあります」

「その身体はあまりにも巨大で、谷を八つ、峡(かい)を八つもまたぐほどです」

「身体には檜(ひのき)や椙(すぎ)が生い茂り、腹はいつも血でただれ、赤く爛(ただ)れています」

それは、まるで一つの山そのものが動いているかのような、恐ろしい姿でした。

八つの頭を持ち、八つの尾を持つ巨大な蛇。

その姿は、山や川を荒れ狂わせる自然の猛威を思わせるものでした。

須佐之男命は、その話を聞き終えると、老夫婦に言いました。

「その娘を、私にくれませんか」

足名椎は驚きました。

「しかし、まだあなた様のお名前を存じません」

そこで須佐之男命は、自らの身分を明かしました。

「私は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟です。そして、今、天から降りてきた者なのです」

それを聞いた足名椎と手名椎は、深く頭を下げました。

「それほどの御方でいらっしゃるなら、娘を差し上げます」

須佐之男命は、櫛名田比売を神聖な爪櫛(つまぐし)へと変え、自らの髪に挿しました。

これで、櫛名田比売は須佐之男命とともに、八俣大蛇との戦いへ向かうことになったのです。

第七章 八塩折の酒

須佐之男命(すさのおのみこと)は、足名椎と手名椎に準備を命じました。

「強い酒を造ってください」

「そして、家の周りには垣(かき)をめぐらせ、八つの門を作るのです」

「それぞれの門には棚を設け、その上に大きな器を置いてください。そして、その器を酒で満たしておくのです」

老夫婦は言われた通り、何度も醸(かも)した強い酒――八塩折(やしおおり)の酒を用意しました。

八つの門。

八つの棚。

八つの酒器。

すべての準備が整いました。

あとは、八俣大蛇が現れるのを待つだけです。

第八章 八俣大蛇、酒に酔う

やがて、その時が来ました。

山の奥から、地響きのような音が聞こえてきました。

現れたのは、足名椎が語った通りの恐ろしい大蛇でした。

八つの頭。

八つの尾。

巨大な身体には木々が生い茂り、その腹は血で赤くただれています。

八つの頭が、それぞれ別々の門へ向かって進んでいきます。

そして、大蛇は八つの器に頭を突っ込みました。

ごくり。

ごくり。

ごくり。

八つの頭が、用意された強い酒を飲み始めました。

やがて大蛇は酒に酔い、巨大な身体を大地に横たえました。

そして、深い眠りへ落ちていったのです。

その瞬間を、須佐之男命は見逃しませんでした。

第九章 十拳剣と八俣大蛇

須佐之男命(すさのおのみこと)は、腰に帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜きました。

眠りについた八俣大蛇(やまたのおろち)へ向かって、剣を振り下ろします。

一つの頭。

二つの頭。

三つの頭。

次々と大蛇の身体を切り裂いていきました。

その血は肥河(ひのかわ)へ流れ込み、川は真っ赤に染まりました。

しかし、最後の尾を切ったとき、不思議なことが起こりました。

須佐之男命の十拳剣の刃が、尾の内部で欠けたのです。

「これは、ただの尾ではありません」

須佐之男命は不思議に思い、その尾を慎重に裂いてみました。

すると、その中から一本の大刀(たち)が現れました。

それは、ただならぬ神聖な剣でした。

須佐之男命はその剣を天照大御神(あまてらすおおみかみ)に献上しました。

この神剣こそ、草那芸之大刀(くさなぎのたち)、後に草薙剣(くさなぎのつるぎ)と呼ばれる剣です。

こうして須佐之男命は、八俣大蛇を退治したのです。

第十章 須賀の宮

八俣大蛇(やまたのおろち)を退治した須佐之男命(すさのおのみこと)は、櫛名田比売(くしなだひめ)と暮らす場所を探しました。

そして出雲国(いずものくに)をめぐり歩き、ついに一つの土地へたどり着きました。

その土地の名は、須賀(すが)です。

そこへ来た須佐之男命は、辺りを見渡しました。

そして、静かに言いました。

「この地に来て、私の心はすがすがしくなりました」

須佐之男命は、この場所に宮を造ることを決めました。

それは、天上界を追われた須佐之男命が、初めて自らの手で築く新しい生活の始まりでした。

第十一章 八雲立つ出雲

須賀(すが)の地に宮を造り始めたとき、不思議なことが起こりました。

空には雲が次々と立ち上りました。

幾重にも重なる雲を見上げた須佐之男命(すさのおのみこと)は、その美しい光景に心を動かされました。

そして、一首の歌を詠みました。

八雲立つ
出雲八重垣
妻籠みに
八重垣作る
その八重垣を

幾重にも立ち上る雲。

幾重にもめぐらされた垣。

そこには、櫛名田比売を守り、妻とともに新しい暮らしを始めようとする須佐之男命の喜びが込められていました。

この歌は、『古事記』に記される歌の中でも特に有名な一首であり、日本最古の和歌の一つとして知られています。

第十二章 足名椎、宮の長となる

須佐之男命(すさのおのみこと)は、櫛名田比売(くしなだひめ)の父である足名椎(あしなづち)を呼びました。

そして言いました。

「お前を、私の宮の長に任じよう」

こうして足名椎は、須賀の宮を守る重要な役目を担うことになりました。

さらに須佐之男命は、足名椎に新たな神名を授けました。

稲田宮主須賀之八耳神
(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)

かつて八俣大蛇を恐れ、涙を流していた足名椎は、今や須佐之男命の宮を支える神となったのです。

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古事記現代語訳

須佐之男命への処罰と追放

天照大御神が天岩戸から出られ、世界に光が戻ったあと、
八百万の神々は集まって相談し、速須佐之男命に対して厳しい処罰を決めました。
・多くの贖いの品(あがないのもの)を負わせる
・髭を切り落とし
・手足の爪を切り落とし
・その罪を償わせたうえで
・神やらい(追放)として高天原から追放した
これにより、須佐之男命は天上界を離れることになります。

大気都比売神の食物と須佐之男命の誤解

追放された須佐之男命は、地上へ向かう途中で
大気都比売神(おおげつひめのかみ)に食物を求めました。
大気都比売神は、神々に食物を供する女神であり、
その身体から次々と食物を生み出す力を持っていました。
鼻から
口から
尻から
さまざまな美味しい食物を取り出し、調理して須佐之男命に差し上げようとしました。
しかし須佐之男命は、その様子を覗き見てしまい、
「汚いものを差し出そうとしている」
と誤解し、怒りのあまり
大気都比売神を殺してしまいました。

大気都比売神の身体から生まれた穀物

大気都比売神が殺されたあと、その身体からは次々と穀物が生まれました。
頭 … 蚕(かいこ)
両目 … 稲の種
両耳 … 粟(あわ)
鼻 … 小豆(あずき)
陰部 … 麦
尻 … 大豆
これらは、のちに日本の農耕文化を支える重要な作物となります。

神産巣日御祖命が穀物を取り出す

この出来事を受けて、
神産巣日御祖命(かみむすひのみおやのかみ)は、
大気都比売神の身体に生じたこれらの種を丁寧に取り出し、
人々のための穀物として定めました。
こうして、
稲・粟・麦・豆・蚕などの起源が神話的に語られています。

出雲国・鳥髪の地への降臨

追放された速須佐之男命(すさのおのみこと)は、
出雲国の肥河(ひのかわ)の上流、鳥髪(とりかみ)という地に降り立ちました。
そのとき、川上から箸(はし)が流れてきました。
須佐之男命は、
「この川の上に人が住んでいるに違いない」
と思い、川をさかのぼっていきます。

足名椎・手名椎と櫛名田比売との出会い

川を上っていくと、
老父と老女が、ひとりの若い娘を間に置いて泣いている姿がありました。
須佐之男命は尋ねます。
「お前たちは誰か。」
老父は答えました。
「私は国つ神 大山津見神(おおやまつみのかみ) の子で、
名を 足名椎(あしなづち) と申します。
妻は 手名椎(てなづち) と申します。
娘の名は 櫛名田比売(くしなだひめ) と申します。」
須佐之男命はさらに問います。
「なぜ泣いているのか。」
足名椎は涙ながらに答えました。
「私どもの娘は、もともと八人おりました。
しかし、高志(こし)の八俣の大蛇(やまたのおろち)が毎年やって来て、
娘を一人ずつ呑み込んでいったのです。
今年もその時が来たので、こうして泣いております。」

八岐大蛇の恐ろしい姿

須佐之男命はさらに尋ねます。
「その大蛇とは、どのような姿をしているのか。」
足名椎は震えながら答えました。
目は赤加賀知(あかかがち)=酸漿(ほおずき)のように真っ赤
身体は一つで、八つの頭と八つの尾を持つ
その身には日影蔓(ひかげかずら)、檜(ひのき)、椙(すぎ)が生えている
長さは谷八つ、峡八つにわたるほど巨大
腹は常に血がただれ、爛れている
この描写は、自然の猛威・洪水・山林の荒ぶる力を象徴する存在としての八岐大蛇の恐ろしさを鮮烈に伝えています。

櫛名田比売を救うための求婚と名乗り

須佐之男命は、泣き崩れる老夫婦に向かって言いました。
「この娘を、私にくれまいか。」
足名椎は恐れながら答えます。
「恐れ多いことですが……まだあなた様のお名前を存じません。」
須佐之男命は堂々と名乗りました。
「私は天照大御神の弟である。
今、天から降ってきてここにいるのだ。」
これを聞いた足名椎・手名椎は深く畏れ、
「それほどの御方でいらっしゃるなら、娘を差し上げましょう。」
と申し上げました。
須佐之男命は櫛名田比売を神聖な爪櫛(つまぐし)に変え、
自らの髪に挿して守りました。

八俣大蛇を迎え撃つための準備

須佐之男命は老夫婦に指示します。
何度も醸した強い酒(八塩折の酒)を造る
家の周りに垣(かき)をめぐらす
垣に八つの門を作る
それぞれの門に八つの棚を設ける
棚ごとに船形の大きな器を置き、
そこに強い酒を満たしておく
老夫婦は教えられた通りに準備を整えました。

八俣大蛇の出現と酩酊

やがて、足名椎が語った通りに、
八俣大蛇(やまたのおろち)が現れました。
八つの頭
八つの尾
身には檜や椙が生え
谷八つ、峡八つにわたる巨大な体
腹は血でただれ続けている
大蛇は八つの器に頭を突っ込み、
強い酒を飲み干して酔い伏し、深い眠りに落ちました。

十拳剣による討伐と肥河の血

須佐之男命は腰の十拳剣(とつかのつるぎ)を抜き、
酔い伏した大蛇を一気に切り裂きました。
その血は肥河(ひのかわ)を真っ赤に染めて流れました。

大蛇の尾から現れた神剣

大蛇の内側の尾を切ったとき、
須佐之男命の剣の刃が欠けました。
不思議に思って尾を裂いてみると、
その中から一本の大刀が現れました。
須佐之男命はその大刀を取り出し、
「これはただならぬ神剣である」
と思い、天照大御神に献上しました。
この剣こそが、
草那芸之大刀(くさなぎのたち)(のちの「草薙剣」)
です。

須賀の地を求めて ― 心が「すがすがしい」場所

八俣大蛇を退治した速須佐之男命(すさのおのみこと)は、
自らの宮を建てるにふさわしい土地を出雲国の中に探し求めました。
そして、須賀(すが)の地に到着したとき、こう仰いました。
「この地に来て、私の心はすがすがしい。」
この言葉が地名の由来となり、
その地は今も 須賀(須我) と呼ばれています。
須佐之男命はここに宮を造り始めました。

雲が立ちのぼる吉兆と「八雲立つ」の歌

須賀の宮を造り始めたとき、
その地から雲が立ち上ったと伝えられています。
須佐之男命はその光景に心を動かされ、
日本最古の和歌とされる御歌を詠みました。

八雲立つ歌(古事記)
八雲立つ
出雲八重垣
妻籠みに
八重垣作る
その八重垣を

意味としては、
出雲の地に幾重にも雲が立ちのぼる
そのように幾重にも垣をめぐらし
妻を迎える宮を築く
ああ、この幾重にもめぐらした垣よ

という、櫛名田比売を迎える喜びと、
新たな生活の始まりを祝う歌です。

足名椎神を宮の長に任じる

須佐之男命は、櫛名田比売の父である足名椎神(あしなづちのかみ)を呼び寄せ、こう仰いました。
「お前を、私の宮の長に任じよう。」
そして新たな名を授けました。
稲田の宮主須賀の八耳神(いなだのみやぬし すがのやつみみのかみ)
これは、須賀の宮を守る神としての称号であり、
足名椎神が須佐之男命の国造りに深く関わることを示しています。

日本書紀現代語訳

八岐大蛇

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、天から出雲(いずも)の国の簸の川(ひのかわ)のほとりにお降りになりました。すると、川のほとりで悲しみ泣いている声がしました。その声の方を尋ねて行くと、翁(おきな)と媼(おうな)が間に一人の少女をおいて、かき撫でながら泣いていました。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は尋ねました。
「お前たちは誰か。どうしてこんなに泣いているのか。」

翁は答えました。
「私はこの国の住人です。名は脚摩乳(あしなづち)といい、妻は手摩乳(てなづち)といいます。この童女は私どもの子で、名は奇稲田姫(くしいなだひめ)といいます。泣いているわけは、以前、私どもには八人の娘がありましたが、毎年、八岐大蛇(やまたのおろち)に呑まれました。次はこの娘が呑まれようとしています。しかし、逃れる方法もありません。それで悲しんでいるのです。」

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、
「もしそうなら、私に娘をくれないか」
と言いました。

彼らは、
「仰せのとおり差し上げます」
と答えました。

そこで素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、奇稲田姫(くしなだひめ)を神聖な爪櫛に変えて、自分の髪にお差しになりました。そして脚摩乳(あしなづち)・手摩乳(てなづち)に、よく醸した酒を用意させ、仮作りの棚を八面設け、それぞれに一箇の酒を入れた桶を置いて待たれました。

そのうち八岐大蛇(やまたのおろち)がやってきました。頭と尾がそれぞれ八つあり、眼は赤酸漿のようで、松や柏が背中に生え、八つの山・八つの谷の間にいっぱいに広がっていました。

八岐大蛇(やまたのおろち)は酒を見つけると、頭をそれぞれの桶に入れて飲みました。やがて酔って眠ったので、素戔嗚尊(すさのおのみこと)は腰に差していた十握剣を抜き、ズタズタにその蛇を斬りました。

尾を斬るとき、剣の刃が少し欠けました。そこでその尾を割いてご覧になると、中に一つの剣がありました。これがいわゆる草薙剣(くさなぎのつるぎ)であります。別の言い伝えによれば、本来の名は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)といいます。大蛇(おろち)の上には常に雲があったのでこのように名づけましたが、日本武尊(やまとたけるのみこと)が持つに至って、名を草薙剣(くさなぎのつるぎ)と改めたとされます。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、
「これは不思議な剣である。どうして私物にできましょうか」
と言われ、この剣を天つ神(あまつかみ)に献上されました。

それから先は、結婚によい所を探されました。ついには、出雲(いずも)の須賀(すが)に着かれました。そこで、
「ああ、私の心は清々しい」
と言われました。それでこの地を今、スガと呼びます。
そしてそこに宮を建てられました。そのとき、素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、

「盛んに雲がわき立つ
出雲(いずも)の八重垣(やえがき)よ。
妻を隠らせるために、
八重垣(やえがき)を作る。
その八重垣(やえがき)を。」
と歌われました。

そこで素戔嗚尊(すさのおのみこと)と奇稲田姫(くしなだひめ)は夫婦の交わりをされて、子の大己貴神(おおあなむちのかみ)を生みました。そして詔して、
「我が子の宮の首長は、脚摩乳(あしなづち)・手摩乳(てなづち)である」
と言われました。
だからこの二柱の神に名を賜わって、稲田宮主神(いなだのみやのぬしのかみ)といいます。そして素戔嗚尊(すさのおのみこと)は根の国へ行かれました。

別の言い伝え(第一)

別の言い伝え(第一)によると、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、天から出雲(いずも)の簸の川(ひのかわ)のほとりにお降りになりました。
そして稲田宮主簧狭之八箇耳(いなだのみやのぬしすさのやつみみ)の娘である稲田姫(いなだひめ)をご覧になり、妻屋を建てて生んだ子を、清の湯山主、名は狭漏彦八嶋篠(さるひこやしましの)と名づけました。

もしくは、清の繫名坂軽彦八嶋手命(ゆいなさかかるひこやしまでのみこと)ともいいます。
または、清の湯山主、名は狭漏彦八嶋野(さるひこやしまの)ともいいます。
この神の五代の孫が、大国主神(おおくにぬしのかみ)であります。

別の言い伝え(第二)

別の言い伝え(第二)によると、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、天から安芸(あき)の江の川(えのかわ)のほとりにお降りになりました。
そこに神がおられ、名を脚摩手摩(あしなづてなず)といいました。
その妻の名を、稲田宮主賛狭之八箇耳(いなだのみやぬしすさのやつみみ)といいます。
この神が身ごもっていました。
悲しんでいる夫婦は言いました。

「私が生んだ子は沢山ありましたが、生むたびに八岐大蛇(やまたのおろち)がやってきて呑んでしまいます。一人も生き残っていません。これから私が生む子も、恐らく呑まれてしまうでしょう。それで悲しんでいます。」

素戔嗚尊(すさのおのみこと)はこれに対し、
「あなたは沢山の果実で八つの甕に酒を造りなさい。私はあなたのために大蛇(おろち)を殺してあげましょう。」
と言われました。
二柱の神は教えに従って酒を用意しました。
やがて子が生まれたとき、やはりその大蛇が入口にやってきて、その子を呑もうとしました。

そこで素戔嗚尊(すさのおのみこと)は大蛇に向かって、
「あなたは恐れ多い神様です。おもてなし申し上げます。」
と言われました。
そして八つの甕の酒を、八つの口に入れました。
そのうち蛇は酒を飲んで眠りました。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)は剣を抜いて斬りつけました。

すると尾を斬るときに剣の刃が少し欠けました。
割いてご覧になると、剣が尾の中にありました。
これを草薙剣(くさなぎのつるぎ)と名づけました。

これは今、尾張国(おわりのくに)の吾湯市村(あゆちのむら)にあります。
すなわち熱田(あつた)の祝部(はふり)が祀っている神がこれであります。

その大蛇を斬った剣を、名づけて蛇の麁正(あらまさ)といいます。
これは今、石上(いそのかみ)(石上神宮)にあります。

この後に、稲田宮主簧狭之八箇耳(いなだのみやぬしすさのやつみみ)が生んだ子、真髪触奇稲田媛(まかみふるくしいなだひめ)を、出雲国(いずものくに)の簸の川(ひのかわ)のほとりに移して育てました。
のちに、素戔嗚尊(すさのおのみこと)がこれを妃とされ、この六代の孫を大己貴命(おおあなむちのみこと)といいます。

別の言い伝え(第三)

別の言い伝え(第三)によると、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、奇稲田媛(くしなだひめ)を妃に欲しいと言われました。
脚摩乳(あしなづち)・手摩乳(てなづち)が答えて言いました。

「どうかあの大蛇(おろち)を殺して、それから召されたらよいでしょう。あの大蛇は頭ごとに石松が生えており、両脇に山があり、大変強いのです。どのようにして殺すのですか?」

素戔嗚尊(すさのおのみこと)は計略を立て、毒の入った酒を用意して飲ませました。
これにより大蛇は酒を飲んで眠りました。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)はそこで韓鋤の剣をもって、頭を斬り、そして腹を斬りました。

その尾を斬るときに剣の刃が少し欠けました。
そこで尾を割いてみると、一つの剣がありました。
これを草薙剣(くさなぎのつるぎ)と名づけました。

この剣は素戔嗚尊(すさのおのみこと)のものでありましたが、今は尾張国(おわりのくに)にあります。
また、その素戔嗚尊(すさのおのみこと)が蛇を斬られた剣は、今、吉備(きび)の神部(かむとものお)の所にあります。
尊が大蛇を斬られた地は、出雲(いずも)の簸の川(ひのかわ)の上流の山であります。

再生の神・大物主神から授かった静かな恩恵。
潜在意識の深いところでゆっくり息を吹き返す、やさしい再生ヒーリングです。
眠りと覚醒のあわいで「意識の置き換え」と「癒し」がそっと芽生え、
心の奥の記憶や不安に寄り添いながら、
日々のストレスやトラウマを静かにほどいていきます。

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空海が育った善通寺の近くで生まれ、愛媛県で育ちました。 国立理系大学院を修了後は、大手半導体メーカーで研究開発エンジニアとして勤務し、CPU基盤材料や太陽電池材料の研究に携わっていました。 関西在住時、うつ病療養のために何度か訪れた奈良・大神神社(大物主神を祀る古社)で、不思議な体験をしたことが転機となります。 その出来事をきっかけに記紀を読み始め、十年後、自身の祖先が宇佐八幡初代神官・大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)へと連なる「蛇神族の神官系の血流」であることを突きとめました。 また、20年間どの療法でも改善しなかった難治性うつ病が、瞑想と催眠の研究を続ける中で奇跡的に解消し、人間に本来備わる自然治癒力の発動法を見出しました。 その後、独自のヒーリング法を確立し、5年間にわたり精神疾患を抱える方々への対面施術・指導を行いましたが、コロナ禍を機に現場を引退。現在はサイトを立ち上げ、HSP向けのセルフヒーリングをオンラインで提供しています。 自身の経験から、 「この世界では、時に説明のつかない出来事が起こり、奇跡が起こることがある」 というメッセージを蛇神の血筋として伝えていきたいと考えています。 なお、宗教団体とは一切関係ありません。
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