龍神の記憶と目覚め  日本神話ー⑧天岩戸隠れ――光を失った高天原

日本神話ー⑧天岩戸隠れ――光を失った高天原

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創作物語版

天の岩戸伝説を物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

第一章 勝利を宣言する須佐之男命

〈うけい〉の神聖な誓約が終わると、天上には静かな空気が戻りました。

生まれた神々を見つめながら、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)は、姉である天照大御神(あまてらすおおみかみ)に向かって胸を張りました。

「私の心に邪なところはありません。私が生んだ神々が女神であったことを見ても、それは明らかです。したがって、この勝負は私の勝ちです」

須佐之男命は、自分の心が清らかであることが証明されたと考えたのです。

しかし、その「勝利」は、やがて高天原を大きく揺るがす出来事へとつながっていきます。

勝利を得たと思った須佐之男命は、次第にその力を抑えられなくなっていきました。

まず、天照大御神が大切に育てていた田の畔を壊しました。

さらに、田と田の間に掘られていた溝を埋めてしまいました。

それだけではありません。

天照大御神が大嘗(おおにえ)を召し上がる神聖な御殿に、糞をまき散らしたのです。

それは明らかな乱行でした。

けれども、天照大御神は弟をすぐに責めようとはしませんでした。

「これは、弟が酔ってしまい、吐き散らそうとしてしたことなのでしょう」

そして田の畔についても、

「土地がもったいないと思って、田の畔を壊し、溝を埋めたのでしょう」

と、あえて善意に解釈したのです。

天照大御神は、弟の行いを咎めることなく、清めの詔を出して儀式を続けました。

しかし、それでも須佐之男命の乱行は止まりませんでした。

むしろ、ここからさらに激しさを増していくことになります。

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第二章 暴走する須佐之男命と服織女の死

ある日のことでした。

天照大御神は、忌服屋(いみはたや)におられました。

そこでは、神々に奉る神御衣(かんみそ)が織られていました。

機織りの音が静かに響く、神聖な場所です。

ところが、その平穏を須佐之男命が再び破りました。

須佐之男命は、服屋の天井に穴を開けました。

そして、斑模様の馬を逆剥ぎにすると、その馬を屋根の穴から屋内へ落とし入れたのです。

突然の出来事に、服屋にいた天の服織女(あめのはとりめ)たちは大きな恐怖に襲われました。

その中の一人である服織女は、あまりの驚きに、手にしていた梭(ひ)で身を傷つけ、そのまま命を落としてしまいました。

静かだった機織りの場は、一瞬にして悲劇の場へと変わりました。

その出来事を目の当たりにした天照大御神は、深い恐れを抱きました。

これまで弟の行いを、できる限り善意に解釈してきた天照大御神でしたが、もはや事態をそのままにしておくことはできませんでした。

そして、ついに一つの決断を下します。

第三章 天照大御神、天岩戸へ隠れる

天照大御神は、天の石屋戸(あめのいわやど)の前へ向かいました。

そして、その扉を開くと、静かにその中へ身を隠されたのです。

重い岩戸が閉じられました。

その瞬間でした。

世界から光が失われました。

太陽の神である天照大御神が姿を隠したため、高天原(たかまのはら)は暗闇に包まれました。

さらに、その影響は葦原中国(あしはらのなかつくに)にも及びます。

昼と夜の境目さえ失われたかのように、世界は暗闇に覆われ、長い夜が続くことになりました。

光を失った世界には、さまざまな災いが起こり始めます。

これが、後世まで語り継がれる「天岩戸隠れ」の始まりでした。

第四章 暗闇に包まれる世界と神々の集結

天照大御神が岩戸の中へ隠れてしまうと、高天原では神々の騒ぐ声が五月の蠅のように満ちあふれました。

葦原中国にも、次々と災いが起こります。

世界の秩序そのものが崩れ始めたのです。

このままではいけない。

そう考えた八百万の神々は、天の安の河原(あめのやすのかわら)に集まりました。

神々は互いに顔を見合わせながら、どうすれば天照大御神を岩戸からお出しできるのかを考えます。

そこで知恵を求められたのが、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の子である思金神(おもいかねのかみ)でした。

思金神は、深く考えました。

そして、やがて一つの策を思いつきます。

力ずくで岩戸を開けるのではありません。

天照大御神ご自身が、外の世界を気にして岩戸から顔を出すように仕向けるのです。

神々は、思金神の策に従って準備を始めました。

第五章 天岩戸を開くための神宝

まず、儀式に必要なものが集められました。

常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)が集められ、夜明けを告げるように一斉に鳴かされました。

さらに、天の安河の川上から堅い石が運ばれ、天の金山からは鉄が採られました。

そして、鍛冶の神である天津麻羅(あまつまら)が呼び出されます。

神々は、この鉄を使って神聖な道具を作ろうとしました。

伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)には、鏡を作らせました。

玉祖命(たまのおやのみこと)には、八尺の勾玉(やさかのまがたま)を作らせました。

やがて、天岩戸の前には、神聖な神宝が整えられていきました。

それは単なる道具ではありません。

世界に光と秩序を取り戻すための、重要な神々の力の結晶でした。

第六章 占いと祝詞――神々の儀式

さらに、神々は儀式を整えていきます。

天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)が呼ばれ、儀式を司ることになりました。

天の香山(あめのかぐやま)から雄鹿の肩骨を取り、その皮を焼いて占いが行われました。

神々は、神意を確かめながら、天照大御神を岩戸からお出しする方法を整えていったのです。

そして、天の香山の榊(さかき)が根ごと掘り取られました。

その榊には、神宝が飾られました。

上の枝には八尺の勾玉。

中の枝には八咫鏡(やたのかがみ)。

下の枝には白と青の幣(ぬさ)。

布刀玉命は、それらを御幣(みてぐら)として捧げ持ちました。

そして天児屋命が、神聖な祝詞(のりと)を奏上します。

岩戸の前は、次第に壮大な祭りの場へと変わっていきました。

けれども、最後に必要なのは――

天照大御神ご自身の心を動かすことでした。

第七章 天宇受売命の舞

そこで登場したのが、天宇受売命(あめのうずめのみこと)です。

天手力男神(あめのたぢからおのかみ)は、岩戸の脇に身を隠しました。

いざというとき、天照大御神を外へ引き出す役目です。

その一方、天宇受売命は岩戸の前へ進み出ました。

天の香山の日影蔓(ひかげかずら)を襷(たすき)にかけ、真析蔓(まさきかずら)を髪飾りにしました。

そして天の香山の笹の葉を束ね、手に持ちます。

天の石屋戸の前に伏せた桶の上へ立つと、足を踏み鳴らしました。

やがて、天宇受売命は神がかりの状態となり、激しく舞い始めました。

その舞は、普通の舞とはまったく違っていました。

大胆で、力強く、神々の心を揺さぶるような舞でした。

すると――。

「どっ」

八百万の神々が、一斉に笑い始めました。

その笑い声は高天原中に響き渡りました。

岩戸の中にいた天照大御神は、その声を聞いて不思議に思います。

自分が岩戸に隠れているのだから、世界は暗闇に包まれているはずです。

それなのに、なぜ外では神々が楽しそうに笑っているのでしょうか。

思金神の計画は、ついに動き始めました。

第八章 「あなたより貴い神がいる」

岩戸の中から、天照大御神の声が響きました。

「私がここに隠れているのだから、高天原も葦原中国も暗いはずです。それなのに、なぜ天宇受売命は舞い、神々はあんなに楽しそうに笑っているのでしょう」

すると、天宇受売命は答えました。

「あなた様よりも、もっと貴い神がいらっしゃるからです。そのため、皆が喜び、笑っているのです」

その言葉を聞いた天照大御神は、さらに不思議に思いました。

自分よりも貴い神とは、一体誰なのでしょう。

「それはいったい、どのような神なのでしょう」

天照大御神の心に、外の世界への関心が生まれました。

その瞬間を、神々は待っていました。

天児屋命と布刀玉命は、静かに八咫鏡を岩戸の近くへ差し出しました。

岩戸の隙間から、鏡が天照大御神の目に入ります。

第九章 鏡に映ったもう一人の神

天照大御神は、さらに不思議に思いました。

岩戸の隙間から、少しずつ身を乗り出します。

そこには、見たことのない神が立っていました。

その神は、まばゆい光を放っています。

しかし、それは実は鏡に映った天照大御神自身の姿でした。

天照大御神は、その姿に興味を引かれ、さらに外へ身を乗り出しました。

その瞬間――。

天手力男神が動きました。

岩戸の脇に隠れていた天手力男神は、天照大御神の御手を力強くつかみました。

「今です!」

そして、強い力で天照大御神を岩戸の外へ引き出しました。

ついに、太陽の神が岩戸の外へ姿を現したのです。

第十章 注連縄が示す境界

天照大御神が外へ出ると、布刀玉命はすぐに動きました。

岩戸の入口に注連縄(しめなわ)を張り渡したのです。

そして、天照大御神に申し上げました。

「どうか、もうこの内側へお戻りにならないでください」

注連縄は、こちら側と向こう側を隔てる境界を示すものでした。

岩戸の内側には、暗闇の世界があります。

そして外側には、光の世界があります。

天照大御神が外へ出たことで、世界は再び光を取り戻そうとしていました。

そのため、もう闇の世界へ戻ることがないよう、境界が設けられたのです。

こうして、岩戸の前には「こちら側」と「あちら側」を分ける聖なる境界が生まれました。

第十一章 光の復活――天岩戸開き

そして――。

天照大御神が岩戸の外へ出られた、その瞬間。

世界に光が戻りました。

高天原は明るく照り輝き、葦原中国にも再び光が満ちていきます。

長い闇が終わりました。

それまで世界を覆っていた災いも、次第に退いていきます。

神々の顔には、安堵の表情が浮かびました。

光が戻ったのです。

太陽が戻ったのです。

そして、世界の秩序もまた、少しずつ元の姿を取り戻していきました。

天照大御神が岩戸から出られたことで、闇に閉ざされていた世界は再び輝き始めました。

これが、古代日本神話を代表する大きな物語――

「天岩戸開き」

です。

しかし、この騒動を引き起こした須佐之男命の罪が消えたわけではありません。

天岩戸が開き、世界に光が戻ったあと、神々は改めて須佐之男命の行いを問いただすことになります。

そして物語は、須佐之男命の高天原からの追放へと続いていきます。

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古事記現代語訳

勝利の主張と最初の乱行

〈うけい〉が終わると、速須佐之男命(すさのおのみこと)は天照大御神に向かって言いました。
「私の心は清らかである。
私が生んだ子は手弱女(たおやめ)であった。
この結果によれば、当然私の勝ちだ。」
勝者の振る舞いとして、須佐之男命は次のような乱行に及びます。
天照大御神が作った田の畔を壊す
その溝を埋める
天照大御神が大嘗(おおにえ)を召し上がる御殿に糞をまき散らす
しかし天照大御神は、儀式を続けるためにあえて咎めず、こう解釈しました。
「糞のようなものは、酔って吐き散らそうとして、弟がしたのでしょう。
田の畔を壊し、溝を埋めたのは、土地がもったいないと思ってしたのでしょう。」
こうして清めの詔を出し、儀式を続行しました。

暴走の激化と服織女の死

しかし須佐之男命の乱行は止まらず、ますますひどくなっていきます。
天照大御神が忌服屋(いみはたや)におられ、神御衣(かんみそ)を織らせていたときのことです。
須佐之男命は、
服屋の天井に穴をあけ
斑模様の馬を逆剥ぎにして
そのまま屋内へ落とし入れました
これを見た天の服織女(はとりめ)は驚き、
梭(ひ)で自らの女陰を突いて死んでしまいました。

天照大御神の恐れと天岩戸への隠れ

この出来事を見た天照大御神は恐れを抱き、
天の石屋戸(いわやど)を開いて中にお籠りになりました。

すると、
高天原はすっかり暗闇に包まれ
葦原中国(あしはらのなかつくに)も全く光を失い
世界は昼を失い、永い夜が続くことになりました
これが「天岩戸隠れ」の始まりです。

高天原に満ちる災いと神々の集結

天照大御神が隠れたことで、
高天原には神々の騒ぐ声が五月の蠅のように満ちあふれ、
葦原中国にはあらゆる災いが起こりました。
この異常事態を受けて、
八百万の神々は天の安の河原(あまのやすのかわら)に自ずから集まり、
高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の子である思金神(おもいかねのかみ)に知恵を求めました

天岩戸を開くための準備 ― 神々の総力戦

思金神の知恵により、神々は次々と準備を進めます。
儀式のための神々と道具の調達
常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせる
天の安河の川上から堅い石を取り、
天の金山から鉄を採り、
鍛冶の神 天津麻羅(あまつまら) を呼び出す
伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に鏡を作らせる
玉祖命(たまのおやのみこと)に八尺の勾玉の玉飾りを作らせる

祝詞と占いの準備

天児屋命(あめのこやねのみこと)と
布刀玉命(ふとだまのみこと)を呼び、儀式を司らせる
天の香山の雄鹿の肩骨を抜き取り、
その皮を焼いて占いを行う
天の香山の榊を根こそぎ掘り取り、
上の枝に八尺の勾玉
中の枝に八咫鏡
下の枝に白と青の幣
を飾りつける
これらの神宝は、布刀玉命が御幣(みてぐら)として捧げ持ち、
天児屋命が祝詞(のりと)を奏上しました。

天宇受売命の舞 ― 世界を揺るがす神がかり

天手力男神(あめのたぢからおのかみ)は、
天岩戸の脇に隠れて待機します。
そして、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は次のように準備しました。
天の香山の日影蔓(ひかげかずら)を襷にかけ
真析蔓(まさきかずら)を髪飾りにし
天の香山の笹の葉を束ねて手に持ち
天の石屋戸の前に伏せた桶の上に立ち、踏み鳴らし
神がかりして胸を露わにし、裳の紐を女陰まで垂らして舞い始めました。
この大胆な舞に、
高天原が鳴り響くほど八百万の神々がどっと笑い出しました。
この「笑い」が、天照大御神を誘い出すための決定的な仕掛けとなります。

天照大御神の疑念と、戸を細めに開く瞬間

天宇受売命(あめのうずめのみこと)の神がかりの舞と、八百万の神々のどっと笑う声を聞いた天照大御神は、不思議に思い、
天の石屋戸をほんの少しだけ細めに開けて、内側から問いかけました。
「私がここに籠もっているのだから、天の原も葦原中国も暗いはずなのに、
どうして天宇受売は楽しげに舞い、八百万の神々は笑っているのか。」
「あなたより貴い神がいます」— 天宇受売命の言葉
天宇受売命は答えました。
「あなた様よりも貴い神がいらっしゃるので、皆が喜び笑っているのです。」
この言葉は、天照大御神の心を揺さぶるための巧みな誘導でした。
その間に、天児屋命(あめのこやねのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)は
八咫鏡(やたのかがみ)をそっと差し出し、戸の隙間から天照大御神にお見せしました。

鏡に映る「もう一人の自分」— 天照大御神の驚き

天照大御神はますます不思議に思い、
少しずつ戸の外へ身を乗り出し、鏡に映る自分の姿をのぞき見ました。
その瞬間、戸の脇に隠れていた
天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が
天照大御神の御手をつかみ、力強く外へ引き出しました。

注連縄が示す「もう戻れない」境界
天照大御神が外へ出たその時、
布刀玉命はすかさず注連縄(しめなわ)を天照大御神の背後に張り渡し、こう申し上げました。
「これから内へお戻りになることはできません。」
この注連縄は、
「死と闇の世界」と「光の世界」を隔てる境界としての意味を持ち、
以後の神道における聖域の象徴となります。

光の復活 — 世界が再び照り輝く

天照大御神がお出ましになった瞬間、
高天原も葦原中国も自然と明るく照り輝きました。
闇は退き
災いは消え
世界に再び秩序と光が戻った
これが「天岩戸開き」の成就です。

日本書紀現代語訳

天の岩屋

天照大神(あまてらすおおみかみ)との誓約のあと、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の仕業は、言いようのない程ひどいものでございました。天照大神(あまてらすおおみかみ)は天狭田(あまのさなだ)・長田(おさだ)を神田としておられましたが、素戔嗚尊(すさのおのみこと)は春には種を重ね播いたり、田の畔を壊したりなさいました。秋にはまだら毛の馬を放って田を荒らしました。また天照大神(あまてらすおおみかみ)が新嘗祭を行っておられるとき、こっそりとその部屋に糞をいたしました。さらに、天照大神(あまてらすおおみかみ)が神衣を織るために神聖な機殿においでになるのを見て、まだら毛の馬の皮を剝いで御殿の屋根に穴をあけて投げ入れました。

天照大神(あまてらすおおみかみ)は大変驚かれ、機織の梭でお身体を傷つけられました。これによってお怒りになり、天の岩屋(あまのいわや)に入られて磐戸を閉じ、こもってしまわれました。

それで国中は常闇となって、夜昼の区別も分からなくなりました。そのとき八十万の神たちは、天の安河(あまのやすかわ)のほとりに集まって、どんなお祈りをすべきか相談しました。思兼神(おもいかねのかみ)が深謀遠慮をめぐらし、常世の長鳴鳥を集めて互いに長鳴きをさせました。また手力雄神(たちからおのかみ)を岩戸の脇に立たせ、中臣連(なかとみのむらじ)の遠い祖先の天児屋命(あまのこやねのみこと)、忌部(いんべ)の遠い祖先の太玉命(ふとだまのみこと)は、天香山(あまのかぐやま)の沢山の榊を掘り、上の枝には八坂瓊の五百箇の御統をかけ、中の枝には八咫鏡をかけ、下の枝には青や白の麻の幣をかけて、皆でご析禱をしました。

また猿女君(さるめのきみ)の遠い先祖の天鈿女命(あめのうずめのみこと)は、手に茅纏の矛をもって、天の岩戸(あまのいわと)の前に立って巧みに踊りをしました。また香具山の榊を頭飾にし、ひかげの葛を襷にし、篝火を焚き、桶を伏せてその上に乗り、神憑りになったように喋り踊りました。

このとき、天照大神(あまてらすおおみかみ)がこれをお聞きになり、「私はこの頃岩屋にこもっているから、豊葦原中国(とよあしはらなかつくに)はきっと長い夜だろう。どうして天鈿女(あめのうずめ)はこんなに喜び笑い、騒ぐのだろう」と思われて、御手で少し磐戸を開けて外をご覧になりました。

そのとき手力雄神(たちからおのかみ)が、天照大神(あまてらすおおみかみ)の御手をとって引き出し奉りました。そこで中臣神(なかとみのかみ)や忌部神(いんべのかみ)が注連縄を引き渡しました。そして、「もう内へ戻らないで下さい」とお願いしました。

そののち、神々たちは、この罪を素戔嗚尊(すさのおのみこと)にきせ、沢山の捧げ物をお供えする罰を負わせました。髪を抜いてその罪をあがなわせることもしました。また、手足の爪を抜いて罪のあがないもさせたともいいます。そしてついに高天原(たかまがはら)から追放しました。

別の言い伝え(第一)

別の言い伝え(第一)によると、このあとに稚日女尊(わかひるめのみこと)が機殿で神衣を織っておいでになりました。素戔嗚尊(すさのおのみこと)はそれを見て、斑馬の皮を剝いで部屋の中に投げ入れました。稚日女尊(わかひるめのみこと)は驚かれて機から落ちて、持っていた梭で身体を傷つけられて死なれました。

それで天照大神(あまてらすおおみかみ)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)に、「お前には、やはり悪い心がある。もう、お前と会いたくない」とおっしゃり、天の岩屋(あまのいわや)に入って磐戸を閉じられました。

そこで天下は真暗になって夜昼の別もなくなりました。そこで八十万の神たちが、天の高市(あまのたけち)に集って相談しました。

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の子に思兼神(おもいかねのかみ)があり、この神は思慮にすぐれていました。思兼神(おもいかねのかみ)が考え出したのは、「大神のかたちを映すものを造って、招き出しましょう」というものでした。

そこで石凝姥(いしこりどめ)を工として、天香山(あまのかぐやま)の金を採って日矛を造らせました。また鹿の皮を丸剝ぎにして鞴を造りました。これを用いて造られた神は紀伊国(きいのくに)にお出でになる日前神(ひのくまのかみ)であります。

別の言い伝え(第二)

別の言い伝え(第二)によると、日神尊(ひのかみのみこと)は天垣田(あまのかきた)を神田としておられました。素戔嗚尊(すさのおのみこと)は春は田の溝を埋めたり畔を壊したりしました。また秋は穀物が実っているときに縄を引き渡して田を犯しました。日神(ひのかみ)が機殿にお出でになるときに、斑馬を生剝ぎにして部屋の中に投げ入れました。

こうした仕業は、すべて言いようのない程でありました。けれども日神(ひのかみ)は親身な気持で、とがめられず恨まれず、おだやかな心でお許しになりました。

日神(ひのかみ)が新穀のお祭りをしておられるときに、素戔嗚尊(すさのおのみこと)は新宮のお席の下にこっそりと糞をされました。日神(ひのかみ)は知らないで座に坐られました。それで日神(ひのかみ)は体中臭くなられました。日神(ひのかみ)はお怒りになって、天の岩屋(あまのいわや)へお出でになり、その岩戸を閉じられました。

諸々の神たちはこれを憂えて、鏡作部の遠い先祖の天糖戸神(あまのあらとのかみ)に鏡を作らせ、忌部の遠い先祖の太玉神(ふとだまのかみ)に幣を作らせ、玉造部の遠い先祖の豊玉神(とよたまのかみ)に玉を作らせました。また山神には沢山の玉を飾った榊を用意させ、野神には沢山の玉を飾った小竹を用意させました。

これらの物を持ち寄り、中臣連(なかとみのむらじ)の先祖の天児屋命(あまのこやねのみこと)が神祝を述べました。それにより日神(ひのかみ)が岩戸を開けられました。このとき鏡をその岩屋にさし入れたので、戸に触れて小さな傷がつきました。この傷は今も残っています。これが伊勢にお祀りしてある大神であります。

これらの罪を素戔嗚尊(すさのおのみこと)にきせると、その贖罪の物をとりたてました。手の先の爪、足の先の爪を出させ、唾を白幣とし、よだれを青幣とし、これらで祓い終って追放の刑にされました。

別の言い伝え(第三)

別の言い伝え(第三)によると、日神(ひのかみ)の田は三箇所あり、名づけて天安田(あまのやすだ)・天平田(あまのひらた)・天邑幷田(あまのむらあわせだ)といいます。これらは皆良田でありました。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)の田も三力所あり、名づけて天幾田(あまのいくた)・天川依田(あまのかわよりだ)・天口銳田(あまのくちとだ)といいます。これらは皆痩地でありました。それで素戔嗚尊(すさのおのみこと)は妬んで姉の田に害を与えました。

春は用水路を壊したり溝を埋めたり畔を壊したり靱を重ね蒔きしたりしました。秋は田に串をさして領有権を主張したり馬を放って荒らしたりしました。素戔嗚尊(すさのおのみこと)はこれらの悪事をやめることがありませんでした。けれども日神(ひのかみ)は咎められず、常に穏やかな心でお許しになりました。

日神(ひのかみ)が天の岩屋(あまのいわや)に籠もるに至って、諸々の神たちは、中臣連(なかとみのむらじ)の遠い先祖の興台産霊(こごとむすび)の子、天児屋命(あまのこやねのみこと)を遣わしてお祈りさせました。

天児屋命(あまのこやねのみこと)は、天香山(あまのかぐやま)の榊を掘りとって、上の枝には鏡作りの遠い先祖の天抜戸(あまのぬかと)の子、石凝戸辺命(いしこりとべのみこと)が作った八咫鏡をかけ、中の枝には玉作りの遠い先祖の天明玉命(あまのあかるたまのみこと)が作った八坂瓊曲玉をかけ、下の枝には阿波の国の忌部の遠い先祖の天日鷲(あまのひわし)が作った木綿をかけて、忌部首の遠い先祖の太玉命(ふとだまのみこと)に持たせて祈りました。

すると日神(ひのかみ)がお聞きになり、「この頃、人がいろいろなことをいったが、こんなに嬉しいことを言ったのはなかった」とおっしゃいました。そして岩戸をわずかに開けて外を窺われました。

このとき、天手力男神(あまのたちからおのかみ)が岩戸の脇に隠れておられて、戸を引き開けられたので、日神(ひのかみ)の光が国中に充ちました。

諸々の神たちは大いに喜んで、素戔嗚尊(すさのおのみこと)には沢山の捧げ物をお供えする罰を負わせました。手足の爪を抜いて罪のあがないもさせました。天児屋命(あまのこやねのみこと)はその祓いの祝詞をよまれました。人々が切った自分の爪を大切に始末する行ないの由来はこれであります。

諸々の神たちは素戔嗚尊(すさのおのみこと)を責め、「お前がした事は大変無頼である。だから天上に住むことは許されない。また葦原中国(あしはらのなかつくに)にも居てはならぬ。速かに底の根の国に行きなさい」と言って皆で追いやりました。

その時に長雨が降りました。素戔嗚尊(すさのおのみこと)は青草を編んで蓑笠として身につけ、神々に宿を借りたいと乞いました。しかし神々は、「お前は自分の行いが悪くて追われ責められているのだ。どうして宿を我々に乞うことが許されようか」と言い、皆で断りました。

風雨が甚だしかったが、留り休むことができず、苦労して降っていかれました。これ以後、蓑笠を着たままで他人の家の中に入ることを忌むようになりました。また束ねた草を背負って他人の家の中に入ることも忌むのであります。もしこれを犯す者があると、必ず罪のつぐないを負わされます。これは大昔からの遺法であります。

こののちに素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、「諸々の神たちが私を追い払った。私は永い別れをしようと思うが、我が姉にお目にかからないで勝手に立ち去るわけにはいかない」と言い、天地を震動させて天に上られました。

その様子を天鈿女命(あめのうずめのみこと)が見られて、日神(ひのかみ)に告げられました。

日神(ひのかみ)は、「我が弟のやってくるわけは、また良い心からでなかろう。きっと我が国を奪おうというのだろう。私は女であっても逃げかくれはせぬから」と言い、そして身に武備を装われました。

そこで素戔嗚尊(すさのおのみこと)は誓約し、「私がもし良くない心で上ってくるのだったら、私が玉を嚙んで生む子はきっと女でしょう。そうだったら、女を葦原中国(あしはらのなかつくに)に降して下さい。もし清い心だったら、きっと男の子でしょう。そうだったら、男に天上を治めさせて下さい。姉が生まれた子も、同じ誓約に従いましょう」と言いました。
そこで日神(ひのかみ)がまず十握剣を嚙まれて、そのあとは云々となります。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、左の髻に纏いていた五百箇の御統の瓊たまの緒を解いて、玉の音をジャラジャラとさせて天の淳名井で濯ぎ洗い、その玉の端を嚙んで左の掌において子を生みました。生まれた子が、正哉吾勝勝速日天忍穂根尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほねのみこと)であります。

また右の玉を嚙んで右の掌において、生まれた子が天穂日命(あまのほひのみこと)であります。これが出雲臣(いずものおみ)・武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)・土師連(はじのむらじ)の遠い先祖であります。

次に天津彦根命(あまつひこねのみこと)が生まれました。これは、茨城国造(うばらきのくにのみやつこ)・額田部連(ぬかたべのむらじ)らの遠い先祖であります。
次に活目津彦根命(いくつひこねのみこと)が生まれました。
次に熯速日命(ひのはやひのみこと)が生まれました。
次に熊野大角命(くまのおおくまのみこと)が生まれました。
みなで六柱の男神であります。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、日神(ひのかみ)に申し上げました。

「私がやって来たのは、神々が私の根の国行きを決めたので、今から行こうとするのです。もし姉にお目にかからなかったら、堪えて別れることもできないでしょう。本当に清い心を持って、また参上したのです。もうお目にかかるのは最後です。神々の御心のままに、今から永く根の国に参ります。どうか姉君、天上界を治められて、平安であられますよう。また私が清い心で生んだ子どもを、姉君に奉ります。」
そして素戔嗚尊(すさのおのみこと)は帰って行かれました。

再生の神・大物主神から授かった静かな恩恵。
潜在意識の深いところでゆっくり息を吹き返す、やさしい再生ヒーリングです。
眠りと覚醒のあわいで「意識の置き換え」と「癒し」がそっと芽生え、
心の奥の記憶や不安に寄り添いながら、
日々のストレスやトラウマを静かにほどいていきます。

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空海が育った善通寺の近くで生まれ、愛媛県で育ちました。 国立理系大学院を修了後は、大手半導体メーカーで研究開発エンジニアとして勤務し、CPU基盤材料や太陽電池材料の研究に携わっていました。 関西在住時、うつ病療養のために何度か訪れた奈良・大神神社(大物主神を祀る古社)で、不思議な体験をしたことが転機となります。 その出来事をきっかけに記紀を読み始め、十年後、自身の祖先が宇佐八幡初代神官・大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)へと連なる「蛇神族の神官系の血流」であることを突きとめました。 また、20年間どの療法でも改善しなかった難治性うつ病が、瞑想と催眠の研究を続ける中で奇跡的に解消し、人間に本来備わる自然治癒力の発動法を見出しました。 その後、独自のヒーリング法を確立し、5年間にわたり精神疾患を抱える方々への対面施術・指導を行いましたが、コロナ禍を機に現場を引退。現在はサイトを立ち上げ、HSP向けのセルフヒーリングをオンラインで提供しています。 自身の経験から、 「この世界では、時に説明のつかない出来事が起こり、奇跡が起こることがある」 というメッセージを蛇神の血筋として伝えていきたいと考えています。 なお、宗教団体とは一切関係ありません。
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