
愛媛県内の饒速日と関係のある神社。今回は櫛玉比売神社、国津比古命神社について。
再生の神・大物主神から授かった静かな恩恵。
潜在意識の深いところでゆっくり息を吹き返す、やさしい再生ヒーリングです。
眠りと覚醒のあわいで「意識の置き換え」と「癒し」がそっと芽生え、
心の奥の記憶や不安に寄り添いながら、
日々のストレスやトラウマを静かにほどいていきます。
愛媛松山市の北は風早地方と呼ばれ、以前は北条市と呼ばれていました。(現在は松山市)
櫛玉比売神社、国津比古命神社は、この地域の総鎮守で、合わせて風早宮大氏神といいます。
応神天皇の代に、饒速日の物部連(もののべのむらじ)の祖・伊香色男命(いかしこおのみこと)の4世孫にあたる阿佐利命(あさりのみこと)を国造(知事みたいなもの)に定めたこと始まるとされています。(伊香色男命は、10代崇神天皇時代に奈良の物部氏の氏社石神神社創建に関わった人物)
国津比古命神社は、もとは物部氏の祖饒速日命の名をとって
「櫛玉饒速日命神社」
となっていたようですが、後に物部阿佐利を合祀して
「国津比古神社」
になったようです。
櫛玉比売命神社は、饒速日命の2人の妃
天道日女命(あめのみちひめのみこと)
御炊屋姫命(みかしきやひめのみこと)
を祀った神社で、国津比古神社が創建された時期につくられました。
二つの神社は隣接し
2つのお宮が、夫婦のように向かい合って鎮座している状態。
櫛玉比賣命神社が國津比古命神社より高い位置にある珍しい形式をとっています。
また、4世紀後半につくられた全長75メートルの前方後円墳(櫛玉比売命神社古墳)、全長33メートルの前方後円墳(国津比古命神社古墳)の上に鎮座しています。

国津比古命神社は三巴、櫛玉比賣命神社は菊に五つ星。
太陽神らしく菊花紋。

創建年代:応神天皇の御代
国津比古命神社
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
配祀 宇麻志麻治命 物部阿佐利命 誉田別命
櫛玉比売神社
天道日女命
配祀:御炊屋姫命
創建年代:応神天皇の御代
国津比古命神社
金刀比羅宮(大物主神)
櫛玉比売神社
国津比古命・櫛玉比売命両社を中心とする風早地方の秋祭りは、多数の「だんじり」が半鐘を打ち鳴らしながら練り歩くことから「風早の火事まつり」として知られます。
神輿を石段の上からご神体が飛び出すまで何度も投げ落とす「みこし落し」が行われ、日本三大荒神輿の一つとして有名です。お神輿は「再生の象徴」として毎年新調されます。