龍神の記憶と目覚め  旅行記録11:奈良市西ノ京 唐招提寺・薬師寺探訪 | 龍神の記憶と目覚め 

旅行記録11:奈良市西ノ京 唐招提寺・薬師寺探訪

面接の結果

アルミ工場の面接は採用となりました。
しかし、どうしても気が進まなかったため、その旨をリクルートのエージェントに伝えました。
すると、 「工場を見学してから決めてみてはどうですか」 と言われ、気乗りしないながらも見学に行くことに・・・。

工場は兵庫県姫路の山奥にあり、予想以上に交通の便が悪く、途中からはタクシーでなければ行けない場所でした。 周囲にはコンビニもスーパーもなく、ただ山と田んぼが広がるだけの環境。

工場に入ると、面接を担当していた役員がいました。
面接のときは丁寧な敬語だったのが、社長がいないせいか、ため口まじりの上から目線の関西弁に変わっていました。

工場内は煙や粉塵が舞う、典型的な3Kの環境で、外国人労働者の姿も見られました。
「寮あり」と書かれていたので場所を尋ねると、工場の敷地内にありました。
灰で黒く汚れた、昭和を思わせるような古い建物で、かなり傷んでおり、ここに外国人労働者が住み込んでいるとのことでした。

役員からは、
「寮もあるんだから、ここに住めばいい」
「残業は19時までしてもらうからな」
と当然のように言われ、やはり体育会系のブラック企業だと確信しました。
正直、工場見学をするまでもなかったと思いながら、早く帰りたい気持ちになりました。

会社の自己アピールには 「アットホームな働きやすい環境です」 と書かれていたため、嫌な予感はしていましたが、やはりその通りでした。
“キラキラ感”や“ほのぼの系”を強調する企業ほどブラック率が高いという印象を改めて感じました。

うつを経験し、独身でこの年齢になって、奉仕精神だけで働くような生き方はもうできません。
自分の幸せもないままに他人に尽くすことなどできない――そう強く思いました。
自分の生きがいを大切にできる人生を歩みたいのです。
帰宅後、エージェントにお断りの連絡を入れました。

翌日、気晴らしに奈良の唐招提寺へ。

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唐招提寺・薬師寺へのアクセス

九条駅から近鉄奈良線に乗り、「大和西大寺」で橿原線に乗り換えます。
電車を降りて「西ノ京駅」に立つと、すぐ近くに唐招提寺と薬師寺が並び、奈良らしい落ち着いた空気が漂っていました。まずは唐招提寺へ向かって歩き出します。

唐招提寺

唐招提寺の歴史

唐招提寺(とうしょうだいじ)は、奈良市西ノ京に位置する律宗の総本山であり、 “鑑真和上が日本にもたらした戒律の精神”を今に伝える寺院です。

奈良時代、聖武天皇の治世は、仏教が国家の中心的な精神基盤として位置づけられた時代でした。 唐で高度に体系化された仏教思想は、遣唐使や留学僧によって次々と日本へもたらされ、平城京には六つの学派が並び立ち、互いに研鑽し合う学問都市のような空気が広がっていました。これが「南都六宗」、いわゆる奈良仏教です。

法相宗、三論宗、倶舎宗、成実宗、華厳宗、律宗――。 それぞれが経典の解釈や世界観を深め、国家の安定を祈るための思想的支柱となっていました。 中でも東大寺は華厳宗の総本山として、巨大な伽藍と盧舎那大仏を中心に、国家の祈りを象徴する存在でした。

当時、僧尼となるためには戒律を守る誓いを立てる「授戒」が不可欠でした。 しかし日本では長らく、自分で自分に戒を授ける「自誓授戒」が行われており、正式な制度としては不十分でした。

仏教を国家の柱としたい聖武天皇にとって、 「正しい戒律を授けることのできる高僧の存在」 は急務でした。

そこで遣唐使の栄叡と普照が唐へ派遣され、正式な授戒を行える僧10人を招くという大役を担います。 二人が訪ねたのが、律宗の高僧として名高かった鑑真でした。

鑑真は当初、弟子たちを日本へ遣わそうとしましたが、当時の渡海は命を落とす危険が極めて高く、志願者は現れませんでした。 そのため鑑真は、自ら日本へ渡ることを決意します。

しかしその道のりは、想像を絶するものでした。
それでも鑑真は決して諦めませんでした。 「正しい戒律を日本に伝える」という使命が、彼を支え続けたのです。

鑑真像
日本最古の肖像彫刻

来日後、鑑真は東大寺で授戒を行い、 759年、戒律を学ぶ人々のための道場として唐招提寺を創建します。当初は私寺でしたが、次第に伽藍が整えられ、 講堂・経蔵・宝蔵・金堂・鼓楼の五棟が建ち並び、 これらは現在すべて国宝に指定されています。
唐招提寺は、 「日本における戒律の中心」 として、奈良仏教の中でも特に実践的な精神性を象徴する寺となりました。

鑑真の死後、弟子の忍基は、師の姿をそのまま刻み取るようにして鑑真和上坐像を制作しました。 その表情は穏やかで、盲目でありながら深い慈悲と覚悟を湛えています。この像は日本最古の肖像彫刻として知られ、 唐招提寺の精神を象徴し、訪れる人々に静かな感動を与え続けています。


唐招提寺入り口

伽藍配置

唐招提寺の伽藍は、華美な装飾を避け、 質実・静謐・均整 という律宗らしい美意識に貫かれています。

金堂(国宝)

奈良時代に建立された唯一の現存金堂。
中央に盧舎那仏坐像(高さ5.15m)、左右に薬師如来・千手観音が並びます。
天平建築の最高峰ともいえる空間です。

鐘楼(重要文化財)

鐘楼(しょうろう)は、鼓楼と対をなすように伽藍の西側に建つ建造物です。
創建当時の建物そのものは残っていませんが、現在吊られている梵鐘は、数少ない平安時代初期の作として大変貴重なものです。
静かな境内に響くその音色は、長い時代を超えて受け継がれてきた寺の歴史をそっと伝えてくれるように感じられます。

鼓楼(鎌倉時代)・礼堂(国宝)

金堂・講堂・礼堂に挟まれるように建っているのが、唐招提寺の鼓楼(ころう)です。 この建物は鎌倉時代の1240年(仁治元年)に建立されたもので、入母屋造り・本瓦葺きの二階建ての楼閣建築です。伽藍の西側に建つ鐘楼と対をなす位置にあり、寺院の中心軸を引き締めるような存在感を放っています。

もともとは仏舎利を安置する舎利殿として造られましたが、江戸時代以降は「鼓楼」と呼ばれるようになりました。 毎年5月19日には、鎌倉時代に戒律を復興した覚盛上人を偲ぶ「中興忌梵網会(うちわまき会式)」がこの鼓楼で行われ、境内がにぎわいを見せます。

鼓楼の右側に建つ礼堂は、南北に細長い形をした建物です。もとは僧侶たちの生活の場である僧坊でしたが、後に前半部分が礼堂として改修され、法要や儀式の場として用いられるようになりました。 静かな佇まいの中に、唐招提寺の歴史と修行の気配が今も息づいています。

戒壇

金堂の西側に位置する戒壇は、僧となるための授戒が行われる大切な場所です。 創建当初に築かれた戒壇は、火災などの災禍によって建物が失われてしまいましたが、その精神は長く受け継がれてきました。

現在の戒壇には、インド・サンチーの古塔を模した宝塔が1978年に再建されています。 天平の面影を残す境内の中で、異国の古塔を思わせるその姿は、鑑真がもたらした戒律の道が、はるかインドから唐、そして日本へとつながっていることを静かに語りかけてくれるようです。

境内の奥のほうへと進んでいくと、次第に人の気配が薄れ、木々に包まれた静かな空間が広がっています。
そこには、まるで森林浴ができそうなほどの清々しい空気が漂い、風が葉を揺らす音だけがやさしく耳に届きます。
唐招提寺の厳かな伽藍とはまた違う、自然そのものの静けさに身をゆだねられる場所です。

鑑真和上御廟

境内の北東の奥まった、ひっそりとした静かな場所に、鑑真和上の御廟があります。 参道を進むにつれて周囲の音がすっと遠のき、木々の間を抜ける風だけがそっと耳に触れるような、落ち着いた空気が漂っています。

御廟の前には、鑑真の故郷である揚州から贈られた瓊花(けいか)が植えられています。 白く可憐な花を咲かせるその姿は、遠い唐の地と奈良を結ぶ“静かな絆”のようで、鑑真が歩んだ長い旅路と、その慈悲の心をそっと思い起こさせてくれます。

東室北側の旧開山堂(現在は聖武天皇坐像を奉安)

東室の北側には、かつての開山堂が静かに佇んでいます。 この建物は、唐招提寺の歴史を支えてきた重要な場所で、かつては鑑真和上をはじめとする開山の僧をお祀りする堂として用いられていました。

現在は内部に聖武天皇坐像が奉安されており、奈良時代の精神世界を今に伝える静謐な空間となっています。 伽藍の中心から少し離れた場所にあるため、訪れるとふっと周囲の音が遠のき、唐招提寺の深い時間の流れを感じられる場所です。


薬師寺

薬師寺は、都が藤原京にあった時代に、天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒を祈願して、680年に建立した寺院です。 その後、平城京への遷都に伴い、現在の地へと移転されました。
しかし、長い歴史の中で薬師寺は幾度も大火や兵火に見舞われ、多くの伽藍が失われてしまいます。 奈良時代から残る建物は、国宝の東塔ただ一つとなりました。
昭和に入ると、失われた伽藍を復興する大規模な再建事業が始まり、金堂、西塔、大講堂などが次々と再建されました。 こうして薬師寺は、往時の壮麗な伽藍を現代に取り戻し、現在の姿へと至っています。

伽藍配置
A:中門、B:回廊、C:金堂、D:塔、E:講堂、F:鐘楼、G:経蔵

中門

中門の両脇には、やや派手めの彩色が施された二天王像が立ち並び、参拝者を力強く迎えてくれます。
本来ここに安置されていた像は安土時代に失われてしまいましたが、1991年に行われた発掘調査の成果をもとに、当時の姿を可能な限り復元する形で再建されました。

西塔

薬師寺の西塔は、1981年(昭和56年)に再建された三重塔です。 伽藍の中心に立つ国宝・東塔と対をなす位置に建てられており、左右対称の美しい伽藍構成を現代に取り戻す役割を果たしています。

再建にあたっては、奈良時代の建築様式を忠実に踏まえながらも、現代の技術を用いて細部まで丁寧に復元されています。 そのため、西塔は新しい建物でありながら、薬師寺の歴史的景観に自然に溶け込み、東塔と並び立つ姿は非常に調和のとれた美しさを見せています。

東塔

こちらが国宝の東塔です。 薬師寺に現存する建築のうち、奈良時代にさかのぼる唯一の建物で、総高は34.1メートルあります。訪れた当時は、ちょうど平成の大規模な解体修理が始まりつつある頃で、修理は2020年に完了し、創建当時の姿に近い美しさがよみがえっています。
東塔は一見すると六重の塔のように見えますが、構造的には三重塔です。 各層の間に裳階(もこし)が付く独特の造形が、軽やかさと荘厳さを同時に生み出しています。
その洗練された均整の美しさから、この塔はしばしば
「凍れる音楽」 と称されます。 静止しているはずの建築が、まるで音を奏でているかのように感じられる――そんな表現がぴったりの、天平建築の傑作です。

金堂

薬師寺の金堂は、1976年に再建された建物です。
堂内には、奈良時代仏教彫刻の最高傑作の一つとされる国宝・薬師三尊像が安置されています。
中央に薬師如来、左右に日光菩薩と月光菩薩が並び立つその姿は、再建された堂内にあっても圧倒的な存在感を放ち、訪れる人を静かに迎えてくれます。

玄奘三蔵院

主要伽藍の北側へ進むと、中国風の意匠をもつ建物が見えてきます。 これは1991年に建立された玄奘三蔵院で、内部には玄奘三蔵坐像(『西遊記』で知られる三蔵法師)と、玄奘の頭部の遺骨が安置されています。

なぜ薬師寺に玄奘の遺骨があるのかというと、太平洋戦争中のこと、土木作業の際にかつて破壊されていた玄奘の墓が偶然発見され、その後の調査と縁によって、日本にその一部を分けてもらったためだと伝えられています。 こうして遠い唐の大僧の遺骨が奈良の地に祀られることになり、薬師寺と玄奘三蔵との不思議な縁が今も静かに息づいています。


外へ出て、撮影スポットとして知られる「大池」へと向かいます。
伽藍を映し込む水面が美しく、薬師寺を訪れた多くの人が足を運ぶ場所です。

薬師寺から歩くこと10分程度で大池に到着。

戻るころには、空がゆっくりと夕暮れに染まり始めていました。
境内を振り返ると、塔や伽藍が柔らかな光に包まれ、どこか名残惜しいような静けさが漂っています。
電柱さえなければ、まるで古代の景色がそのまま残っているかのように見えるのですが……。
この日は一日中曇っていて全体的に暗い画像になってしまったのが残念。

奈良の郷土みやげ

1. 柿の葉寿司(かきのはずし)
奈良といえばこれ。 塩サバやサケを酢飯にのせ、柿の葉で包んだ押し寿司。 保存食として発達したため、味がしっかりしていて旅のお供にも最適。 2. 三輪そうめん
日本最古の素麺の産地・三輪の名物。 細いのにコシが強く、喉ごしが抜群。 冬は「にゅうめん」として温かく食べるのも奈良流。
3. 奈良の茶粥(大和の茶がゆ)
奈良の家庭料理の代表格。 ほうじ茶で炊いた薄味のお粥で、香ばしくて軽い食べ心地。 旅の疲れがすっと抜けるような優しい味。 4. 奈良漬(ならづけ)
瓜やきゅうりを酒粕で漬けた奈良の伝統漬物。 甘みとコクが強く、好きな人にはたまらない深い味わい。
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愛媛県松山市出身。 国立理系大学院卒の元大手半導体材料研究開発エンジニア。(CPU基盤材料、太陽電池材料の研究開発に関わる) 関西在住時にうつ病療養のため何度か尋ねた蛇神大物主神を祀る奈良大神神社で不思議な体験を経験。それをきっかけに記紀を読むこと十年後、祖先は宇佐八幡初代神官大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)といった蛇神族の血流(神官系)につながることをつきとめます。 また、20年間あらゆる療法を試しても治らなかった難治性うつ病も瞑想と催眠の研究を続けていくことで奇跡的に解消し、人間に備わる自然治癒力発動法を発見します。独自のヒーリング法を確立し5年間精神疾患者への対面施術指導を行った後コロナ禍以降は引退。現在はサイトを立ち上げオンラインでHSP向けセルフヒーリングを提供しています。 自身の経験をもとに、「この世界には、時に説明のつかない出来事が起こり奇跡が起こる」ということを伝えていきたいと考えています。 「引き寄せの法則」などのスピリチュアル、宗教団体とは関係ありません。
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