あれは、記憶を遡ること――2010年10月1日のことです。 世の中はリーマンショックの不況の真っただ中で、 私が長年勤めていた関西の工場も閉鎖が決まった日でした。
勤め始めた頃から、 「この工場も10年くらいで閉鎖になるのではないか…」 と予感していたのですが、その予想が現実になってしまいました。
当時は太陽電池ブームで、 工場も半導体から太陽電池用の生産へと切り替えていた時期でした。
しかし、中国勢の台頭に押され、採算が取れないと判断されて閉鎖が決まったのです。
その後、希望退職制度が出され、 東北地方への転勤か、退職か――決断を迫られていました。 けれど、長年患っていたうつ病で体力も限界に近く、 引っ越しをする気力さえなく、 定年まで働き続ける自信も持てず、辞めるべきか迷っていました。 決断期限は、2か月後でした。
そして、この頃からでした。 何やら不思議な出来事が起きるようになったのは。

休日、気分を紛らわせるために武庫川の河川敷をぶらぶら歩いていたときのことです。
ぼんやりと対岸の岸辺を眺めていると、一匹のスズメが私の足元へと近づいてきました。
その小さなスズメが、まるでこちらを気遣うように寄ってきたことが、 なぜか胸に残りました。

警戒心の強いスズメのことですから、 すぐに飛び立っていくだろうと思っていました。
ところが、そのスズメは足元で立ち止まり、 「ちゅんちゅん、元気を出しなよ」 とでも言いたげな目で、じっとこちらを見つめてきたのです。
私もその目を見つめ返していると、 しばらくしてスズメはふわりと飛び去っていきました。
ほんの短い出来事でしたが、 あの頃の心の重さの中で、 その小さな訪問者は不思議と胸に残りました。

そして、また別の日。 同じ場所でたたずんでいると、前に見かけたのと同じであろうスズメが、こちらへ飛んできました。
それだけでも驚いたのですが、 こんどはそのスズメの“彼女”と思われる一羽も一緒だったのです。
二羽並んでこちらを見つめる姿は、 まるで「また来たよ」とでも言っているようで、 不思議と胸が温かくなりました。

また別の日のことです。 「また、あのスズメが来るのだろうか…」 と思いながら同じ場所へ行ってみると、やはりあのスズメが飛んできました。
それだけでも不思議なのに、 こんどは“彼女”と思われるスズメまで一緒でした。
そしてさらに驚いたのは、 その次に訪れたときには、なんと“子ども”まで連れてきていたのです。

これは、餌でも恵んでほしいのだろうと思い、 私はパンを与え続けていました。
すると、いつの間にか友達なのか仲間なのか分かりませんが、 スズメの数がどんどん増えていったのです。
最初は一羽だったのが、 二羽になり、家族になり、 そして気がつけば小さな群れのようになっていました。
武庫川の静かな河川敷で、 スズメたちが私のまわりに集まってくる光景は、 どこか現実離れしていて、 それでいて不思議と心が落ち着く時間でした。

通い続けているうちに、気がつけば私はスズメたちに囲まれてしまっていました。
最初は一羽だったのが、 二羽になり、家族になり、 そして仲間たちまで連れてくるようになって、 いつの間にか小さな輪の中心に立っていたのです。
武庫川の静かな河川敷で、 スズメたちが私のまわりをちょこちょこと歩き回る光景は、 どこか現実離れしていて、 それでいて不思議と心が温かくなる時間でした。

スズメたちにしばらく囲まれて癒されていると、 「奈良のほうへ行ってみたら」 とでも言われたように、急にその言葉が頭にふっと浮かんできました。
「奈良か…」 そういえば、関西に来てもう10年以上になるのに、 うつ病のこともあって、まともに旅行をしたことがありませんでした。
それなら、決断の日までに一度行ってみよう―― そう思い立ったのでした。
そうして、思いがけない不思議ないくつかの気づきを得て、この世の法則に目覚めていったのでした。
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