龍神の記憶と目覚め  旅行記録18:京都 亀岡 ~光秀ゆかりの地~ | 龍神の記憶と目覚め 

旅行記録18:京都 亀岡 ~光秀ゆかりの地~

面接に京都へ

前回の面接結果が出ないうちに、京都の企業へ出していた書類審査も通り、面接が決まりました。 京都の押し型射出成形法によるプラスチック工場で、これもまた自分のキャリアとはまったく関係のない分野です。

とはいえ、半導体業界自体が落ち目になっていたため、仕方がなかった面もあります。 東芝やシャープなど大手が次々と苦境に立たされ、日本が半導体で再び盛り返すことは難しいだろうと2011年当時からは思っていました。 そこへTSMCが日本に進出してきたことで、やはり時代の流れが変わったのだと感じています。

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210323/se1/00m/020/058000c

面接ついでに、せっかくなので京都にホテルを予約し、 面接日の翌日は京都観光をすることにしました。 どうせ行くなら、少しでも気分転換をしたいと思ったからです。

亀岡へのアクセス

京都駅から山陰本線に乗り亀岡駅で下車(約30分程度)

亀岡城跡

この日は小雨がぱらつく曇り空でした。
しばらくしてふと、
「あれ、このあたりに来たことがあるな…」
と思いました。
よく考えてみると、過去に二度、保津川下りで訪れていたのでした。
一度目は中学の修学旅行での保津川下り。
もう一度は、バーベキューとカヌーをしに来たときです。
保津川下りの乗り場が近くにあるので、このあたりに来たことがあったのだと気づきました。

亀山駅近くのミスタードーナツで昼食をとりおえ、駅前の通りを歩きながら、
「亀岡といえば光秀の城があった場所だな」
と自然に思い出しました。
明智光秀が丹波を平定し、この地を治めていた頃の居城――「亀岡城」。
ふと、「いや、亀山城だったか?」と記憶が揺れましたが、調べてみるとどちらの呼び方も使われているようで、時代や文脈によって名称が変わることを知りました。

空は薄い灰色に沈み、小雨が静かに降り、 傘に当たる雨粒の音が、旅の緊張を少しだけ和らげてくれるように感じました。時間に余裕があればゆっくり歩き回りたいところでしたが、 面接当日ということもあり、長居はできませんでした。

それでもせめて一枚だけでも記録に残したいと思い、 お堀の前で足を止めました。 水面には細かな雨粒が無数の輪を描き、 その向こうに見える石垣が、静かに歴史の重みを湛えていました。

亀岡城には、明治時代までは天守が残っていたようです。(画像はWikipediaより) しかし、その後の歴史の流れの中で姿を消し、現在は石垣とお堀が往時を静かに伝えているだけになっています。

明治期には、大本教の出口王仁三郎がこの城を購入し、神殿として使用していたそうです。
そのため、現在の城跡の中心部分は大本教の敷地となっており、見学には事前の許可が必要だとされています。そういえば、出口なおは綾部の出身でした。 このあたり一帯は、大本教の発祥地に近いこともあり、宗教的な色合いが比較的強い地域だといわれています。 亀岡の静かな街並みの中にも、どこか独特の精神文化が息づいているように感じられました

ききょうの里

亀岡からバスに乗り、「猪倉」という停留所で下車しました。 京都市内は人口密度が高く、観光客も多いので常に人の気配がありますが、 少し離れるだけで一気に風景が変わります。

猪倉のあたりは、空気が軽くなるような静けさがあり、 道沿いには今でも古民家が点々と残っていました。 瓦屋根の家、黒ずんだ木の外壁、手入れされた畑―― ほんの数キロ移動しただけで、まるで別世界に来たようなギャップがあります。

京都というと「古都=市内中心部」というイメージが強いですが、 自分にとっては、こういう少し離れた地域のほうがずっと落ち着きます。 観光地の喧騒から離れ、昔ながらの暮らしがそのまま息づいている場所。 京都の“本当の素顔”は、むしろこういうところにあるのではないかと感じました。

面接に来る前は、正直あまり乗り気ではありませんでした。 しかし、猪倉のバス停で降りて周囲を見渡した瞬間、気持ちがふっと変わりました。

目の前に広がるのは、山の稜線と田畑、そしてところどころに残る古い民家。 京都市内の密度の高い街並みとはまるで別世界で、 「あー住んでみたい」と思わず心の中でつぶやいてしまいました。

この静けさの中なら、住んでみるのも悪くない―― そんな気持ちが自然と湧いてきて、足取りも少し軽くなりました。

面接は、まず筆記試験が1時間、そのあとに面接が1時間という、なかなかの長丁場でした。 「長いな……」と思いながらも、淡々とこなしていきました。まさか、小論文もあるとは。。

面接では、どこでも聞かれるような 「どのような熱意をお持ちでしょうか」 という質問が出てきました。 正直なところ、心の中では 「たかがプラスチックに熱意なんて湧いてくるかよ……」 と、少しあほらしく感じていましたが、そこは適当に無難な答えを返しました。

すべてが終わったのは16時を過ぎた頃でした。 外に出ると、少し疲れがどっと押し寄せてきて、 長い一日だったことを実感しました。

谷性寺

バス停までの帰り道、来るときにちらりと目に入って気になっていた場所があったので、少し寄り道してみることにしました。 面接が終わったばかりで頭は少し疲れていましたが、 その場所の前を通り過ぎるのがなんとなく惜しく感じたのです。

小雨に濡れた道はしっとりとしていて、 周囲の田畑や古民家も、行きとはまた違った表情を見せていました。 面接前の緊張が抜けたせいか、風景がより柔らかく、穏やかに見えました。

「せっかくここまで来たんだし、ちょっと覗いてみるか」 そんな軽い気持ちで足を向けた寄り道でしたが、 旅の中ではこういう“気まぐれ”が意外と印象に残るものです。

気になっていた場所に近づいてみると、そこには「光秀ゆかりの寺」と書かれた案内板が立っていました。 面接の帰り道に、まさかまた光秀の名に出会うとは思っていなかったので、少し驚きました。

小雨に濡れた境内の入口は静かで、 観光地のような派手さはまったくなく、 むしろ地元の人にひっそり守られてきたような佇まいでした。

境内の案内板を読むと、この寺には明智光秀の首塚と、光秀の木像が安置されていると書かれていました。 亀岡城のお堀を見たあとに、また光秀ゆかりの場所に出会うとは思っていなかったので、なんとも不思議な縁を感じました。

さらに調べてみると、この寺は夏になると桔梗(ききょう)が一帯に咲き乱れることで知られており、 そのことから「桔梗寺」とも呼ばれているそうです。 光秀の家紋が“桔梗紋”であることを思えば、 この呼び名にも深い意味が込められているように感じられました。

小雨に濡れた境内は静かで、 光秀の名をそっと守り続けてきた土地の空気が、 ひっそりと漂っているようでした。

https://www.jalan.net/kankou/spt_26206ag2130014025

なぜ、桔梗かといえば、光秀の家紋が桔梗紋であったことからでしょう。

桔梗紋

桔梗紋は、美濃(現在の岐阜県)を治めていた源氏の名門・土岐氏の一族が用いていた家紋です。 明智家も土岐氏の支流として知られており、そのため光秀も桔梗紋を使用していました。

また、坂本龍馬も同じ桔梗紋を用いています。 坂本家は、明智光秀の娘婿であった明智秀満の子、明智太郎五郎を先祖としていると伝わっており、その縁から桔梗紋を受け継いだとされています。

さらに、加藤清正、山県昌景、太田道灌など、歴史に名を残す武将たちも桔梗紋を使用していました。 しかし、いずれも悲劇的な最期を遂げた人物が多いことから、 「悲劇の家紋」と呼ばれることもあるようです。

ゆっくりしていたい気持ちはありましたが、バスの時間に間に合わなくなるので、名残惜しくもその場を後にしました。 小雨に濡れた境内と、光秀ゆかりの静かな空気を背に、再びバス停へと向かいました。

亀岡城に立ち寄ったときには、すでにあたりは真っ暗でした。 写真を撮ってみたものの、何が写っているのかよくわからないほどの暗さで、 昼間とはまったく違う静けさが漂っていました。

そのあと京都市内へ戻り、ホテルで少し贅沢な夕食をとって一夜を過ごしました。 面接の疲れもあったせいか、温かい料理が体にしみて、 ようやく一息つけた気がしました。
翌日は京都市内観光です。

京都の郷土おみやげ

1.阿闍梨餅(満月)
もっちり生地+丹波大納言あん。京都最強の定番。 2.京ばあむ
抹茶×豆乳のしっとりバーム。見た目も上品。 3.生八つ橋 おたべ
季節限定が豊富。京都らしさ100%。 4.茶の菓(マールブランシュ)
濃茶ラングドシャ。京都土産の王道洋菓子。 5.井筒八ッ橋
歯ごたえのある焼き八ッ橋。日持ち◎。 6.夕子(井筒八ッ橋) 生八つ橋の定番。個包装で配りやすい。
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愛媛県松山市出身。 国立理系大学院卒の元大手半導体材料研究開発エンジニア。(CPU基盤材料、太陽電池材料の研究開発に関わる) 関西在住時にうつ病療養のため何度か尋ねた蛇神大物主神を祀る奈良大神神社で不思議な体験を経験。それをきっかけに記紀を読むこと十年後、祖先は宇佐八幡初代神官大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)といった蛇神族の血流(神官系)につながることをつきとめます。 また、20年間あらゆる療法を試しても治らなかった難治性うつ病も瞑想と催眠の研究を続けていくことで奇跡的に解消し、人間に備わる自然治癒力発動法を発見します。独自のヒーリング法を確立し5年間精神疾患者への対面施術指導を行った後コロナ禍以降は引退。現在はサイトを立ち上げオンラインでHSP向けセルフヒーリングを提供しています。 自身の経験をもとに、「この世界には、時に説明のつかない出来事が起こり奇跡が起こる」ということを伝えていきたいと考えています。 「引き寄せの法則」などのスピリチュアル、宗教団体とは関係ありません。
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