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奈良の明日香や桜井へ一泊二日の旅行に出かけたころは、工場閉鎖に伴う希望退職の決断まで、あと一か月半ほどという時期でした。短い旅でしたが、「もう一度行きたい」という気持ちが強くなり、この旅行が希望退職を決めるきっかけの一つになったように感じています。
メンタル不調のため10年以上まともに旅行に行けず休日もごろごろとしていたのに、この時期になって急に旅行への意欲が戻ってきたのは不思議なものです。
工場閉鎖が決まってからは、これまでの業務の締め作業をしていました。
自分が構築してきたプロセスや導入してきた装置が次々と廃棄されていくのを見るのは、とても空しい気持ちになります。
景気の良かった頃は雑談で賑やかだった職場も、当時は静まり返り、まるでお通夜のような雰囲気でした。
上司たちも、退職してほしい社員に対して厳しい指導を求められていたようで、全体的にストレスの多い期間でした。
転勤や関連会社への出向が多かったものの、退職を促される社員には事前に「君の居場所はない」と告げられ、動揺する人もいました。
切られていくのは50代の役職についていない人から。
年齢の若かった私は、引き留められておりました。
会社にいると、
年齢>能力
という「社員は使い捨て」という現実がみえてきます。
さすがに、結婚も子供を産むなど容易ではないご時世です。
この時期の職場の雰囲気は厳しいものでしたが、上司や部下と仕事帰りに食事をし、将来のことを語り合う時間もありました。
この穏やかな時間が続けばと思っていたものの、いつかはこうなると覚悟していた現実が訪れたときは、やはりつらかったです。
そんな中、部下くんが「旅行に行きましょう」と誘ってくれ、二人で岐阜方面へ向かうことになりました。
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飛騨高山は、古代から山岳地帯に独自の文化を育んできた地域です。奈良時代には国府が置かれ、国分寺・国分尼寺が建立されるなど政治的にも重要な地でした。特に「飛騨の匠」と呼ばれる優れた木工技術者たちは、都の宮殿や寺院の造営に携わり、その名は全国に知られるようになります。戦国時代には三木氏が支配しましたが、豊臣秀吉の命を受けた金森長近が飛騨を平定し、高山城を築いて城下町を整備しました。現在の「古い町並」が形成されたのもこの時期です。江戸時代に入ると飛騨は幕府の直轄領(天領)となり、高山陣屋を中心に代官・郡代が政治を行いました。武士が少ない町では豪商が力を持ち、祭りや文化が大きく発展します。明治以降は交通の整備とともに観光地として注目され、今も歴史と伝統が息づく町として多くの人々を魅了しています。
到着時は雨上がりのようで、空気にはまだ湿り気が残っていました。
高山の冬特有の、どこか重たく沈んだような空が広がり、遠くの山並みは薄い靄に包まれていました。
その静けさの中に、雪国ならではの張りつめた冷気が混じり、胸の奥までひんやりと染み込んできます。
古風な街並みには、すでに多くの観光客が行き交っていました。
特に外国人観光客が目立ち、石畳の通りに響くさまざまな言語が、どこか異国の市場のような賑わいをつくり出していました。
軒を連ねるお土産屋からは、木の香りや味噌の香ばしい匂いが漂い、旅に来た実感がふっと湧き上がります。
冷えた身体を温めようと、まずは甘酒とおしるこを一杯ずつ。
湯気の向こうに見える街並みが、まるで昔話の挿絵のように見えました。


高山といえば、江戸時代の天領として知られ、今も陣屋跡が残る場所です。
幕末には全国に60か所以上あった代官所のうち、現存しているのはここ高山だけだそうで、その事実だけでも歴史の重みを感じます。


御白洲や拷問道具の展示もあり、案内の方が当時の様子を丁寧に説明してくれました。
その語り口があまりに生々しく、想像するだけで身体がこわばるような痛ましさがありました。
歴史の裏側にある人々の苦しみや緊張感が、静かに胸に迫ってきます。

中に入ると、広々とした大広間がまず目に飛び込んできました。
畳の匂い、磨き込まれた木の柱、障子越しの柔らかな光――どれも時代劇のワンシーンのようです。
ここは大広間。重要な年中行事などで使用された書院造りの部屋で、陣屋内では一番広い場所。
お代官さまに挨拶するときは、この距離から上座に向かって挨拶していたそうです。

外に出ると、いつの間にか雪が積もり始めていました。
白い粒がしんしんと降り続き、街並みをゆっくりと覆っていきます。
九州と四国という雪の降らない温暖な地域で育った私たちにとって、こんな本格的な雪景色は珍しく、思わず子どものようにはしゃいでしまいました。
吐く息が白く広がり、その中で笑い声が弾むのが妙に心地よかったのを覚えています。しばらく歩いていると、大きな鳥居が視界に入りました。

しばらく歩いていると、大きな鳥居が視界に入りました。
橋を渡って辿り着いたのは櫻山八幡宮。
しかし、まだ夕方前だというのにすでに閉まっており、静まり返った境内には雪だけが積もっていました。
その静けさがかえって神聖さを際立たせ、閉まっているのに不思議と満足感がありました。
写真を撮っていると、部下くんが突然「やばいものが写った!」と慌てた声を上げました。
何事かと思って確認すると、ただの雪の反射。
少しスピリチュアルなところがあるので、白い斑点をオーブだと思ったようです。
その勘違いが妙に可笑しくて、雪の中で二人してしばらく笑っていました。

その後はホテルに戻り、夕食は飛騨牛の食べ放題へ。
「飛騨に来たからには」と意気込んで挑んだものの、あまりの量に途中で苦しくなるほど。
それでも、柔らかくて甘みのある肉の味は忘れがたく、旅の夜を贅沢に締めくくってくれました。
翌日。
朝市が開かれていると聞き、まだ薄暗さの残る時間に外へ出ました。
外は今日も雪がしんしんと降り続き、空気はひんやりと澄んでいました。
雪を踏むたびに、ぎゅっ、ぎゅっと小さな音がして、その静けさがかえって心地よく感じられます。

朝市には地元の野菜がずらりと並び、素朴で温かみのある雰囲気でした。
見慣れない種類のおもちがいくつも売られており、珍しさに惹かれていくつか買って帰ることにしました。
その後は、レトロな雰囲気の喫茶店に入り、ストーブの前でしばらくぼんやりと過ごしました。

この日は白川郷へ向かう予定だったので、いったんホテルへ戻り、バス停へ向かいました。
バスに揺られること約2時間。
車内は暖房がしっかり効いていて、外の寒さを忘れるほどぽかぽかでした。
窓の外には雪景色が続き、山々が白く霞んで見えます。

白川郷に到着したときは、空は薄暗く雪がごうごうと降り続いていました。
視界が白一色になり、まるで雪の中に吸い込まれていくような感覚です。

ところが、集落へ向かう長い橋を渡り始めた瞬間、雪がぴたりと止み、雲の切れ間からかすかに陽の光が差し込みました。
その光が雪面に反射してきらきらと輝き、まるで歓迎されているかのような気持ちでした。

橋を渡りきると、そこにはまるでタイムスリップしたかのような風景が広がっていました。
茅葺き屋根の家々が整然と並び、白い雪をまとった姿は絵本の世界そのものです。
子どもの頃からこうした日本の原風景が好きだった私は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。
やはり日本文化が一番落ち着きます。

集落の中には、日本昔ばなしに出てきそうな屋根のお寺もありました。
中に入ると大仏が鎮座する広間があり、しばらくそこで休憩しました。
外では犬がきゃんきゃんと鳴いていて、その声が雪に吸い込まれるように遠くへ消えていきます。

しばらくすると、また雪が降り始めました。
白川郷の雪は、ただ降るだけでなく、風景全体を包み込むような静けさを連れてきます。
大きな合掌造りの家のいくつかは内部を見学でき、屋根裏へ上がると、そこは三階建ての広い空間になっていました。
この地方では農業ができる期間が短いため、冬の間は家の中で養蚕を行い、生糸をつくって機織りをしていたそうです。
その説明を聞きながら、雪深い土地で暮らしてきた人々の知恵とたくましさを感じました。

外に出ると、パンフレットでよく見る白川郷らしい風景が目の前に広がっていました。
雪をかぶった合掌造りの家々が並ぶ光景は、何度見ても息をのむほど美しいものです。
昼食は朴葉みそ定食をいただきました。
普段はみそを特別好んで食べるわけではないのですが、この朴葉みそは香ばしくて深い味わいがあり、思わず箸が止まらなくなるほどでした。
気づけばすっかりやみつきになってしまい、「また食べたい」と心の中でつぶやいていました。

白川郷を昼すぎに出て、どぶろくのほろ酔い気分のまま南へ向かい、下呂温泉へと向かいました。
バスの窓から見える雪景色がゆっくりと流れていき、旅の余韻がまだ身体の中に残っているようでした。

宿に荷物を預けたあと、まずは温泉手形(1300円)を購入しました。
この手形があれば、加盟している旅館の中から三か所を選んで入浴できるという、温泉好きにはたまらない仕組みです。
「どこから入ろうか」と地図を見ながら相談していると、ふと橋の下の河原に目をやると、なんと無料の露天風呂がありました。
川沿いに湯気が立ちのぼり、雪の白さと湯けむりが混ざり合って幻想的な雰囲気です。
ただ、上からはすっぽんぽんで丸見えという大胆な造り。
それでも、そんなことは気にせず、二人でそのまま入ってしまいました。
思ったより湯温がぬるめで、湯上がりは急いで服を着ないと震えるほどの寒さでしたが、それもまた旅の思い出になります。

その後は、手形を使って高級そうなホテルの温泉へ。
ロビーからして落ち着いた雰囲気で、置かれている石鹸やシャンプーもどこか上質な香りがしました。
クリスマスが近かったこともあり、夜になると花火の打ち上げやイルミネーションのイベントが行われていました。
屋上の湯に浸かりながら、夜空に咲く花火を眺める時間は、まさに贅沢そのもの。
湯気と光が混ざり合い、寒ささえも心地よく感じられました。

夕食は居酒屋風のお店で朴葉みその「鶏ちゃん焼き」をいただきました。
これが驚くほど美味しく、味にあまりこだわりのない私でも「また食べたい」と思うほど。
どぶろくを飲みながらほろ酔いで、旅の夜はゆっくりと更けていきました。
(実際、一年後に再び訪れたほど気に入ってしまいました。)
宿は少し古びていて、どこか幽霊が出そうな雰囲気のある場所でした。
夜中、身長190cm近くある巨体の部下くんが寝言で「きゃいんきゃいん」と犬のように鳴いていて、思わず白川郷で見かけた犬の霊でもついてきたのかと笑ってしまいました。
翌朝、外は一面の銀世界。
どういうわけか、私たちが訪れると雪が降り出すようで、今回も例外ではありませんでした。
(今思えばやはり龍神の使いであるからでしょう)
朝は手形を使って朝風呂に入り、湯上がりには温泉たまごアイスを食べました。

雪の降る中、急な階段を上っていくと、そこには静かなお寺がありました。
境内からは雪景色の下呂の街並みが一望でき、白い世界に包まれた温泉街はどこか神秘的で、しばらく見入ってしまいました。



さらに近くにある歴史ある温泉へ向かいました。
ここは昭和天皇も訪れたことがあるという由緒ある温泉で、中に入ると赤いカーペットとお香の良い香りが漂い、まるで高級旅館のような雰囲気でした。
それなのに入浴料はたったの400円ほど。
「こんな場所にこの値段で入れるなんて」と驚きながら、露天風呂で外の景色を眺めつつ、ゆっくりと湯に浸かりました。

露天風呂もあって、外の景色を眺めながらのんびり入浴。

帰りは朴葉みそとどぶろくを買い込み、電車の中でどぶろくを飲みながら心地よく眠ってしまいました。
旅の満足感と、迫りくる退職の決断が頭の片隅で静かに揺れていました。