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面接の結果が出るまでは、どうしても胸がそわそわして落ち着きませんでした。
とはいえ、うつ病の調子はまだいまひとつで、セラピストの治療法を受け始めてから一年が経つというのに、長年続く胸の重さや失感感情、倦怠感が完全にとれない。
旅行中の電車の中でも、ずっと瞑想や呼吸法を続けて毎日一日中瞑想をやっていたのに・・。
と家に籠ってばかりだと不安になるのでとりあえず、心の故郷奈良へと足を運びます。
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近鉄奈良線に揺られて「大和西大寺駅」で下車しました。ここは奈良の交通の要でもあり、南へ向かえば橿原方面へ、東へ進めば奈良市内へと続く分岐点のような場所です。駅前に立つと、行き先によって風景の色合いが変わっていくのが感じられ、旅の始まりにふさわしい静かな高揚感がありました。
私はそこから東へ向かい、奈良市内へと続く道を歩き始めました。車の流れが途切れると、ふっと古都らしい空気が漂い、遠くの山並みや寺院の屋根が少しずつ姿を見せてくれます。電車で一瞬に過ぎていく距離を、あえて自分の足でたどることで、奈良の街がゆっくりと近づいてくるように感じられました。
駅からしばらく歩くと、突然視界がひらけ、そこには草だけが風に揺れる広大な原っぱが広がっていました。建物も人影もほとんどなく、ただ空と大地だけが向かい合っているような静けさです。ここが、かつて710年に壮麗な平城京が築かれ、都として栄えた場所だとは、とても信じられないほどでした。
明日香村でも感じたことですが、かつての首都というものが、千年以上の時を経ると、こんなにも静かに、そして徹底的に“自然へ還る”のだと、あらためて実感させられます。人が築いた巨大な都市も、政治の中心も、時の流れの前では驚くほどあっけなく風景の一部になってしまうのだと、しみじみ思いました。
ふと、「東京も遷都すれば、いずれはこうなるのだろうか」と考えてしまいます。今は巨大なビルが林立し、昼夜を問わず光があふれる街でも、数百年、数千年という単位で見れば、人口も減少し同じように草原へと戻っていくのかもしれません。そう思うと、人の営みの儚さと、自然のたくましさが静かに胸に迫ってきました。

平城京見取り図(ウィキより)
南の方角に目を向けると、広い原っぱの向こうに、再建された大極殿がぽつんと佇んでいました。あの巨大な建物が、かつての都の中心だったとは思えないほど、周囲は静かで、風の音だけが耳に届きます。そこからまっすぐ南へ朱雀大路が伸び、その果て――現在の大和郡山城付近には、かつて羅城門がそびえていました。
このとき訪れたのは2011年で、ちょうど前年が平城京遷都1300年の節目でした。あのとき話題になったマスコットキャラ、せんとくんもすっかり“奈良の顔”として定着しています。最初は賛否両論で大騒ぎだったのに、今では観光地で普通に愛されているのだから、時の流れというのは本当に面白いものです。

この日はどんよりとした曇り空で、空全体が薄い灰色の膜に覆われていました。
観光地とは思えないほど人影がなく、広大な平城宮跡をほぼ貸し切りのように歩くことができました。あまりにも静かで、風が草を揺らす音だけが遠くから寄せては返していきます。
人がごみごみした場所よりも、こうした誰もいない空間のほうが、空気が澄んでいて心が落ち着きます。曇り空の下で広がる草原は、どこか古代の気配を残しているようで、“時間の外側”に迷い込んだような不思議な感覚さえありました。

若草山のある奈良市内の方向へ目を向けると、遠くにゆるやかな山の稜線が続き、古都らしい落ち着いた雰囲気が漂っていました。そういえば奈良には高層ビルがほとんど見当たりません。調べてみると、京都と同じように景観を守るための高さ規制があるのだと知り、なるほどと納得しました。
奈良市の人口が36万人ほどと知ると、思ったより少ない印象を受けます。観光客が多いせいで、街を歩いているともっと大きな都市のように見えるのかもしれません。実際には、古い町並みと自然がゆったりと共存していて、どこか“人の気配よりも歴史の気配のほうが濃い”ような独特の静けさがあります。

奈良市内の方向へ向かって、ゆっくりと歩き始めました。
平城宮跡の広々とした原っぱにはススキの穂が揺れ、かつての首都であったにもかかわらず人影もほとんどみあたらないので、まるで別の時代から現代へと移動していくような、不思議な感覚がありました。


厚い雲間からこぼれるわずかな光を受け、ススキがまばゆいばかりに黄金色に光っていました。

東大寺へ向かって東へ歩いていると、道の脇にひっそりと佇む古墳が目に入りました。近づいてみると、それは聖武天皇と光明皇后の陵――法蓮北畑古墳でした。観光客が多い奈良市内にありながら、ここだけは時間がゆっくりと止まっているような静けさが漂っています。
地図を見ると、この場所はかつて松永久秀が本拠とした多聞山城のすぐ西側にあたります。東大寺の大伽藍を見下ろすように築かれた巨大な城郭のすぐ近くに、天皇と皇后の陵が並んでいるという事実に、奈良の歴史の複雑さと奥行きを感じました。古代と戦国が、ほんの数百メートルの距離で重なり合っている――奈良ならではの不思議な地層のようです。

東大寺の裏側の道
東大寺の裏側へ回り込むと、表門側のにぎわいとはうってかわって、道が細くひっそりとしています。観光客の姿もまばらで、歩くたびに足音が静かに響くほどの落ち着いた空気が漂っていました。
道沿いには、茶色の土壁がずっと続いています。その素朴な色合いと、少しざらりとした質感が、古都・奈良の雰囲気をしっとりと醸し出していました。壁の向こうに広がる寺域の静けさが伝わってくるようで、歩いているだけで心がゆるんでいきます。
表の大伽藍の壮大さとは対照的に、裏側には“日常の奈良”が息づいていて、まるで時代の境目をそっと歩いているような不思議な感覚がありました。

そのまま歩いていくと、道は次第に林の中へと入り、空気がひんやりと変わっていきました。木々が頭上を覆い、光がところどころで細く差し込むだけの薄暗い道です。そんな静かな林の中で、ふいに鹿の姿が目に入るようになりました。あちこちで草を食べたり、ゆっくりと徘徊したりしていて、まるで森の住人たちがこちらを静かに見守っているようでした。
とくに印象的だったのは、暗い林の奥から差し込む光に照らされて浮かび上がる鹿のシルエットでした。輪郭だけが浮かぶその姿は、現実というよりも絵本の一場面のようで、とても幻想的でした。奈良の鹿は観光地の象徴でもありますが、こうした静かな森の中で見ると、まったく別の存在に見えてきます。



東大寺に着いたときには、すでに空が薄い橙色に染まり始めていました。夕暮れ時で、拝観時間も終わっていたため、中に入ることはできませんでした。けれど、その静けさこそが、むしろ心に深く残りました。

そのまま東大寺の裏側をゆっくりと徘徊しました。観光客がほとんど来ない場所で、風の音と自分の足音だけが響きます。巨大な伽藍の影が長く伸び、木々の間からわずかに残った光が差し込むと、建物の輪郭が淡く浮かび上がって、とても幻想的でした。
それは、夕暮れの空気に包まれながら、古都の深い呼吸を感じるような時間でした。

人が訪れないところにこそ、思いがけない絶景が潜んでいるものです。
東大寺の裏側もまさにそうでした。
夕暮れの光が差し込み、紅葉した木々がほのかに輝き、伽藍の影が長く伸びていく
――その光景は、観光地というよりも静かな聖域のようでした。

とくにこの日は、驚くほど人の姿がありませんでした。表門側のにぎわいが嘘のようで、「ここは本当に観光地なのか」と思ってしまうほどの静けさです。風が木々を揺らす音と、自分の足音だけが響き、夕日が紅葉を照らすたびに、景色がゆっくりと色を変えていきました。
人がいないからこそ、光と影の移ろいが際立ち、紅葉の赤や金色が深く胸に染み込んできます。こういう場所に出会うと、やはり“人が行かないところに絶景がある”という言葉がしみじみと実感されました。
