目次
会社を退職し、うつ病療養のための一年間、私は明日香村の稲渕棚田を中心に何度も足を運びました。
初めて明日香村を訪れたときから、この自然豊かな場所がすっかり気に入り、歩くたびに心が少しずつ軽くなっていくのを感じていました。完全に回復したわけではないものの、休日は家に引きこもりがちだった私も、外に出ることが苦ではなくなっていきました。
後年、眠れないことをきっかけに双極性と診断され、薬漬けになっていたという女性ブロガーさんのブログをよく読むようになりました。その方は奈良出身で、減断薬の時期には私と同じように明日香村で療養していたという、奇妙な共通点があって驚いたことを覚えています。
似たような性格の人は、行動パターンや思考の流れまでどこか似てくるものなのだと、次第に気づくようになりました。
自然の中には科学では解明できないような、不思議な生命回復力、脳回復力パワーがあるのはうつ病経験を通して間違いないようです。
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大阪阿部野橋駅で近鉄特急(吉野行)に乗り飛鳥駅下車。(約40分)
冬の冷たさがようやく和らぎ、空気の中にほんのりと温かさが混じり始める頃、稲渕の棚田を歩くと、季節が静かに動き出していることを全身で感じられます。棚田はまだ水を張る前で、土の色がやわらかな陽光を吸い込み、冬を越えた大地がゆっくりと目を覚ましていくようでした。畔を歩くと、土の匂いがふっと立ち上り、春の入口に立っていることを実感します。

稲渕の高台に立つと、まだ水を張っていない棚田の曲線が、春の光と新緑の山々に抱かれるように広がっていました。梅の淡い色、菜の花の黄色、若葉の緑、そしてウグイスの声。それぞれが主張しすぎず、季節の移ろいを静かに描き出しています。
子どもの頃田舎には、こういった田園風景のある場所もめづらしくありませんでしたが、都市化が進んでしまった現在ではあまり目にかかることもできない貴重な風景です。

その静けさの中で、ウグイスの声が響きます。まだ少しぎこちない「ホーホケキョ」が、春の練習を始めたばかりのようで、どこか愛らしさを感じさせました。鳥の声と、畔を流れる水路のさらさらとした音が重なり、早春の棚田らしい穏やかな響きをつくり出しています。

棚田の畔では、菜の花が早くも咲き始めていました。黄色い小さな花が、まだ色の少ない棚田に明るい灯りをともすように点々と広がり、梅の淡い色とやさしく調和しています。陽射しを受けて揺れる菜の花は、春の光そのものが形になったようで、眺めているだけで心がほどけていき癒してくれます。
長年患っていた解離によって、色あせた風景や感情をよみがえらせるように、視覚と感覚に意識を集中させながら歩いていきます。


斜面を囲む里山では、梅の花が咲き始めていました。白や淡紅の花びらが、まだ多くの蕾の間から控えめに顔をのぞかせ、春の訪れをそっと告げています。風が吹くと、ほのかな梅の香りが漂い、思わず深く息を吸い込みたくなるほどでした。満開の華やかさとは違い、咲き始めの梅には慎ましい美しさがあり、冬の名残と春の気配が同じ枝の上で寄り添っているように見えます。

春の陽射しがやわらかく降りそそぐ午後、飛鳥川の流れはきらきらと光り、川面を渡る風にもほんのり温かさが混じっていました。川に並ぶ飛び石には澄んだ水が軽く触れ、足を運ぶたびに小さな波紋が広がります。土手では梅の花が咲き始め、淡い香りがふっと漂い、菜の花の黄色が川辺を明るく彩っていました。


稲渕の棚田を後にして、飛鳥川沿いをゆっくり歩きながら河原寺へ向かうと、午後の陽射しがやわらかく、身体の力が抜けていきました。境内に入ると、広い芝生の向こうに一本の大きな木が立っていて、その姿はまるで日立のCM「この木なんの木」を思わせるような、のびやかで包み込むような存在感がありました。

その木の下に寝転ぶと、枝葉の隙間からこぼれる光がまぶしく、春の匂いを含んだ風が頬をなでていきます。旅の途中でこんなふうに横になって日向ぼっこをする時間は、何よりの贅沢でした。鳥の声と遠くの川の音が混ざり合い、まぶたが自然と重くなっていきます。
そこへ、境内の奥から住職さんがゆっくりと歩いてきてひと言。
「ここはな、にょろにょろが出るから、寝てたらかまれるぞ!」
その言い方がどこか親しみ深くて、思わず笑ってしまいました。
蛇神の血筋であるのに蛇は大嫌いです。

夏の明日香村を歩くと、まず春とは色彩も温度も、その“密度”がまったく違うことに気づきます。山々から吹き下ろす風はどこか涼しさを残しているのに、田んぼの上を渡る風は太陽の熱をしっかりと含んでいて、季節の濃さが肌にじかに伝わってきました。
田んぼの稲の緑は力強く、深みを増した色合いで、風が吹くたびに大きな波のように揺れ動いていました。

稲渕の棚田では、青々とした稲が風に揺れ、波のように斜面を流れていきます。
陽射しは強いのに、山から吹き下ろす風はどこか涼しく、子どもの頃の夏休みの午後のような、時間がゆっくりと伸びていく感覚がありました。
青々とした稲が風に揺れ、斜面を波のように流れていく光景は、井上陽水の「少年時代」歌詞の余韻を思わせます。


飛鳥川沿いを歩けば、蝉の声が絶え間なく響き、透明に澄み切った川面には強い陽射しがきらきらと跳ね返ります。飛び石の上に立つと、足元を流れる水の冷たさが心地よく、夏の探索にひと息つく場所としてぴったりでした。
小学生の頃は、よく昆虫採集をしながら自然の中で遊んでいました。しかし大人になってからは、植物や虫に触れることもほとんどなくなっていました。そんな自分が、明日香村を歩きながら、川の水に手を浸し、地面に咲く小さな花をそっと摘み上げている──その行為が、まるで子ども時代の記憶をひとつずつ手繰り寄せるようでした。

当時の私は、うつ病の影響で意識がどこか色あせ、世界との距離がうまくつかめない状態でした。それでも、川の冷たさや花の柔らかさに触れるたび、忘れていた感覚が少しずつ戻ってきて、自分の輪郭がゆっくりと蘇っていくように感じられました。
自然に触れるという、ただそれだけの行為が、自意識を取り戻す小さなきっかけになっていたのです。
こうした体験を通して、自然には人の心を落ち着かせ、精神を支えてくれる不思議な力があるのだと実感しました。風の匂い、水の冷たさ、花の手触り──それらに触れるたび、少しずつ世界とのつながりが戻ってくるようでした。
日本の神道では、山や川、木々、石に至るまで、あらゆる自然の中に神が宿ると考える自然崇拝(アニミズム)が原点にあります。そうした価値観に触れていると、自然をおろそかにすることは、私たち自身の心や文化の土台を失うことにつながるのではないか──そんな思いが自然と湧いてきます。
自然とともに生きてきた日本だからこそ、自然を大切にすることは、日本そのものを守ることにもつながるのだと感じました。


秋の明日香村を歩くと、夏の名残をわずかに含んだ温かさの中に、ひんやりとした澄んだ空気が混じりあい、季節が静かに移ろっていくのを感じました。山々は少しずつ色づき始め、夏の深い緑もやや色あせた緑が浮かび上がります。

稲渕の棚田では、黄金色に染まった稲穂が風に揺れ、斜面を波のように流れていました。その畔には、燃えるような赤の彼岸花が咲き誇り、黄金の稲と鮮烈な対比をつくり出しています。彼岸花の赤は、秋の光を受けるとさらに深みを増し、棚田の曲線に沿って連なる姿はまるで季節の境界線のようでした。


稲渕の棚田は彼岸花がよく知られているせいか、この時期は観光客が最も多い時期でした。
また、観光以外にもウォーキングしている人もみかけるように、歩いていても心地よい汗を感じます。


飛鳥川沿いを歩くと、水面には高く澄んだ秋空が映り込み、川の流れがどこかゆったりと感じられます。草むらからはコオロギの澄んだ音が響き、夏の喧騒が遠ざかり、秋の静けさが川辺に満ちていました。飛び石の近くにも彼岸花がひっそりと咲き、川風に揺れる赤い花が、流れの青と美しい対比を見せています。



明日香村の秋は、
黄金の稲、澄んだ空気、そして彼岸花の赤が織りなす、深く静かな季節の風景。
歩くほどに、心の奥まで澄んでいくような、そんな秋の明日香が広がっていました。
日が落ちるのも早くなり、この近くは街灯も少ないため長居してしまうと駅につくまでには真っ暗になってしまいます。

冬の明日香村を歩くと、まず空気の透明度に驚かされます。夏や秋とは違い、風が澄みきっていて、山々の稜線がくっきりと浮かび上がり、どこか凛とした静けさが漂っていました。田んぼは刈り取られ、土の色が広がり、冬特有の素朴な景色が大地を包んでいます。

今回はいつもとは違うルートで明日香村を歩いてみました。
天武・持統天皇陵に着くと、まずその“音の少なさ”に気づきます。周囲の田んぼはすっかり刈り取られ、土の色が広がり、風が吹くたびに乾いた草がかすかに揺れるだけ。夏や秋の賑やかさが消え、冬特有の透明な静けさが陵全体を包んでいました。
これまでにもさまざまな古墳を見てきましたが、天武・持統天皇陵だけは丘の上に堂々とそびえ、ひときわ目を引く存在です。まるで明日香の風景の中で、そこだけが特別な時間を守っているかのようでした。
しかし、これほど著名な天皇の陵であるにもかかわらず、不思議と観光客の姿はほとんど見かけませんでした。その静けさが、かえってこの場所の神聖さを際立たせているように感じられました。

明日香巡りをすると、天武・持統天皇陵に着く頃には、いつも夕暮れ時になってしまい、丘の上まで登る時間もなく終わっていました。けれど今回は時間に余裕があったため、初めて上まで登ってみることができました。
どの天皇陵もそうですが、中に入ることはできません。それでも、陵の前に立つと、静かに佇む八角形の墳丘と、そこに流れる時間の深さを感じずにはいられませんでした。

飛鳥川沿いを歩くと、水の流れは夏よりも冷たく引き締まり、川面には冬の薄い陽光が静かに反射していました。音が少ない季節だからこそ、川のせせらぎがいっそう際立ち、耳に深く染み込んでいきました。
飛鳥川に沿って南にいくと稲渕の棚田に向かいますが、今回は石舞台古墳を抜け東方面の道を進んでみました。

どんどん進んでいくと坂道は次第に急こう配になり、道の両脇には棚田が広がり、景色を眺めながら山奥へと入っていきます。かなり登ってきたのですが、まだ先が長そうだったので、このあたりで折り返すことにしました。
この道をさらに進んでいくと、モミジの名所として知られる談山神社へと至ります。
談山神社は、中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足が蘇我氏討伐を密談した「談(かた)らい山」に由来する場所であり、この談合が645年の乙巳の変(大化の改新)へとつながりました。
おそらく当時、二人もこの険しい山道を登っていったのでしょう。
後日、レンタカーでこの道を通って談山神社を訪れましたが、徒歩で向かうとなると相当な労力が必要だと実感しました。

今ではあまり見かけなくなった石灯籠が目に留まりました。
背景に広がるススキと並ぶその姿は、まるで昔の日本へとタイムスリップしたかのような趣があります。風に揺れるススキの穂と、長い年月を刻んだ石灯籠が静かに調和し、どこか懐かしい時間が流れているようでした。

青空から降り注ぐ陽光の中で、ススキの穂が幻想的に輝いていました。
風に揺れるたび、銀色の光がきらめき、しばらく見とれてしまうほどの美しさでした。

そんな光景にうっとりしていたとき、ふと足元を見ると、もう冬にさしかかろうとしているのに一匹の小さなヤマカガシが地面をすべるように動いていました。子どもの頃は山里でよく見かけたものですが、蛇そのものを見るのは数十年ぶりのこと。懐かしさと驚きが同時にこみ上げてきました。
ヤマカガシはやがて静かに姿を消し、近くの民家の敷地へと入っていきました。
田舎での暮らしは、自然の中で癒される面がある一方で、ムカデやイモリ、そして蛇が家の中にまで入り込んでくることも珍しくありません。そうした生き物との距離の近さを思うと、実際に住むには少し勇気がいります。

山を下り、今度はあまり散策していない甘樫丘周辺を歩いてみることに。

すると、人の気配がほとんどない小さな集落の中に、ふと昭和レトロな看板が目に留まりました。
レトロ館でしか見かけないような古い看板が、まるで現役のようにそのまま立てかけられていて、時間がそこだけ取り残されたような不思議な空気が漂っていました。(人は住んでいません)


小さな祠と、その祠に寄り添うように建てられた小さな休憩所がありました。
中をのぞくと、近所のおばちゃんたちが楽しそうにおしゃべりをしていて、静かな集落の中にだけ流れる、ゆったりとした時間がそこにありました。

沈んでいく太陽が、まほろばの山々の稜線をゆっくりと染めていきました。
西の空は淡い橙から深い紅へと移り変わり、山の影が長く伸びていきます。
その光を受けて、山々はまるで古代の記憶を静かに呼び覚ますかのように、
柔らかく、そしてどこか神々しい表情を見せていました。
明日香の夕暮れは、ただ日が沈むだけではありません。
太陽が山の向こうへ姿を隠す直前のわずかな時間、
空と大地と古代の風景がひとつに溶け合い、
“まほろば”という言葉の本当の意味が胸に迫ってきます。
