龍神の記憶と目覚め  ギリシャ文明-②神々の影がまだ薄い頃 ― 新石器の旅(紀元前7000〜3200年) | 龍神の記憶と目覚め 

ギリシャ文明-②神々の影がまだ薄い頃 ― 新石器の旅(紀元前7000〜3200年)

概要説明

本編は、ギリシャ新石器時代の人々がどのように暮らし、世界を感じ、未来へと歩んでいったかを描いています。
初期では、狩猟採集から農耕への移行が始まり、人々が大地に家を建て、星々を「大いなるもの」として感じていた頃を描きます。中期では、農耕が安定し、村が広がり、交易の道が生まれ、若者リュコスが外の世界を知る旅に出ます。後期では、儀礼や土製の像が生まれ、人々の心に「神々の影」が芽生え始めます。末期では、海の交易が発展し、金属の兆しが現れ、若者たちが新たな世界へ旅立つ姿を通して、文明への移行が静かに始まる様子を描いています。
物語全体を通じて、人々の営みが未来の神話と文明の礎となる過程を温かく表現しています。

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
薬に頼らずメンタル不調を瞬時に解消


第一章 大地に家が建ちはじめた頃 【初期】(紀元前7000〜6000年)

エーゲ海沿いの小さな入り江に、人々が初めて定住を始めた頃のことです。
彼らはまだ狩りと採集に頼りながらも、野生の麦や豆を育てる試みを始めていました。
土を耕すという行為は新しく、誰もその結果を確信してはいませんでしたが、
「大地は働きかければ応えてくれる」という長老たちの言葉を信じていました。

若者リュコスは、毎朝、海辺に立って波の音を聞きました。
海は彼にとって、世界の広がりを教えてくれる存在でした。
「この先には、どんな土地があるのだろう」
彼はまだ見ぬ世界に思いを馳せながら、村の暮らしを手伝っていました。

村の人々は、日干し煉瓦で小さな家を建て、火を囲んで暮らしていました。
夜になると、星々が空いっぱいに広がり、人々はその光を「大いなるものの息」と呼びました。
まだ神々の名はなく、世界はただ、静かにそこにあるだけでした。

新石器時代における文化は土器など含め西アジアより伝搬したと考えられています。
この時代に至ると、大麦、小麦を基本穀物としてレンズ豆などが栽培されるようになり、さらには山羊、羊、豚、牛、犬などの家畜も扱われるようになります。豊富な水と肥沃な土壌が存在する地域ギリシア北方が先進地域では初期農耕が行われ、ギリシア南部ではさほど発達していませんでした。初期新石器時代に入ると、土器に様々なスリップ(釉)が施されたものが見られる。

第二章 村が広がり、道が生まれた頃【中期】
(紀元前6000〜4500年)

やがて農耕は安定し、村は少しずつ大きくなっていきました。
家々は円形から四角形へと変わり、土器の模様も複雑さを増しました。
人々は余剰の穀物を持ち、近くの村々と交換を始めます。
この頃、エーゲ海沿岸には小さな交易の道が生まれ、
黒曜石や貝殻、彩色された土器が行き交うようになりました。

リュコスは成長し、交易の旅に出る若者たちの一人となりました。
彼は初めて訪れた別の村で、見たことのない模様の土器を手に取り、
「世界はこんなにも広いのか」と驚きました。

村に戻ると、長老メリアが彼を洞窟へと案内しました。
洞窟の壁には、渦巻き、太陽、鳥、人影が描かれていました。
「これは、私たちの祖先が世界を記した印です」
メリアは静かに語りました。
「あなたが見たもの、歩んだ道も、いつか誰かの印になるでしょう」

リュコスは壁画に触れ、
自分たちの暮らしが、ゆっくりと未来へつながっていることを感じました。

中石器時代に至ると様々な形が現れ、地域による違いも見られるようになっていきます。特にセスクロ文化(テッサリアの中期新石器時代の文化)では、白色の器面に赤でジグザグ文様を描いたものや「新石器ウアフィルニス」と呼ばれる独特の光沢を持つ淡褐色の地に簡素なパターンを描いたものが同時期のペロポネス半島に存在しており、この時代の製陶技術が高い水準にあったことが示されている。また、大理石の女神像も多く発見されています。

ヴィンチャ文化:紀元前5700–4500年

ヴィンチャ文化は東南ヨーロッパ(バルカン半島)のギリシャ北部(マケドニア)あたりで発展した古代ギリシャ前の文化。ここでは多数の縄文土偶と類似した土偶が発見されています。ヴィンチャ文化では知られる限りの集落趾のすべてから<鳥女神>像が発見されています。

ヴィンチャ(Vincha)文化位置

鳥女神は、体は「✙・平衡」、首に「sheveron・V 平衡」、腕と頭に「雨粒」を持った鳥の女神です。「雨による平衡の女神」にコーカサス地方部族の「鳥妖精」が習合しています。

旧石器時代後期以来何千年にもわたって作られた男根や蛇を象徴する鳥の長首には、
神聖なる水鳥の「二重の性(バイセクシャリズム)」
が明らかに強調されている。
この「両性」は女性原理と男性原理の結合なのではなく 一つの神閣に備わる2つの局面、すなわち、鳥の神と蛇の神との結合から導き出されたものである。
7千―6千年期のエーゲ海地方やバルカン各地では、男根を思わせる<鳥女神>像が盛んにつくられた

ヴィンチャ文化後期 
アヒルの仮面 胸に縦線がついたV字

3個の腕輪、3か6個の首飾り
( どの地域でも共通して、 喉に1個ないし3個また6個の穴や刻みめがつけられている
「3」という数とその倍数は女神にかかわる何らかの象徴的意味を持っていたらしい)
ミノアだけでなくギリシア美術においても鳥やアテナ像には通常3本の柱のような線が伴う

男性像 
前6500-5800年 
マグネシア地方、セスクロの集落出土 

マグネシア地方

女性像 
前6500-5300年
 ギリシア本土ラコニア地方
スクタリ浜出土
大理石製

ラコニア地方

第三章 神々の影が生まれはじめた頃【後期・末期】
(紀元前4500〜3000年)

村はさらに発展し、家々は整然と並び、
人々は季節ごとに儀礼を行うようになりました。
豊穣を祈る歌、雨を願う踊り、火を囲む語り。
それらはやがて「見えない存在」への祈りへと変わっていきました。

この頃、人々は土で小さな像を作り始めました。
丸みを帯びた女性像、角を持つ動物像、
そして、両手を広げた人の姿をした像。
それらはまだ神とは呼ばれていませんでしたが、
人々はそこに「大いなるもの」の気配を感じていました。

リュコスは年を重ね、村の語り部となりました。
彼は若者たちに言いました。
「私たちの暮らしは、いつか物語になるでしょう。
大地と海と空に寄り添いながら歩んだ道は、
未来の誰かの灯になるのです」

夜空には相変わらず星々が瞬き、
その光は、初期の頃と変わらず静かに降り注いでいました。
しかし、人々の心の中には、
すでに「神々の影」が生まれつつありました。

こうしてギリシャ新石器時代の人々は、
大地とともに暮らし、海とともに旅し、
やがて神話と文明の礎を築いていきました。

ディミニ文化(前5000年―前4000年)

後期新石器時代の代表的遺跡であるディミニのアクロポリスではその後訪れるミケーネ時代を先取りした独特の構造を構成しており、周壁が築かれ、これはメガロン形式の先取りと考えられています。また、この時期から集落間での戦いが行われていた痕跡ものこされています。

テッサリア地方南西部ディミニ遺跡から発見された新石器時代末期の彩文土器は、研磨された赤色地に白色の彩文を描くもの,黒色の彩文を描くもの,白い化粧土の上に黒色の彩文を描くものの3つに分類され、その文様は幾何学文,渦巻文が多く,器形は,底面が小さな深鉢,高台付き杯,両耳付き水差し,小鉢などがあります。

渦巻の描かれた母子像(BC4,800~4,500年頃)
身体は蛇を思わせる縞模様で覆われ、特に陰門にはとぐろを巻く蛇の文様が付けられている

ヴィンチャ文化の南ギリシャのディミニ(Dimini)においては、「渦巻」模様の像や土器が発見されていることで知られています。

<蛇女神>像は、、ふつう平行線やジグザグ、点列 といった文様で装飾されているが、最も頻繁に見られる表現は、蛇を身体に絡みつかせたり髪形を「蛇=渦巻き」風にして蛇の特徴を強調するもの <鳥女神>や<蛇女神>が支配する上層の水と下層の水は、迷路風雷文(メアンダー)や蛇の渦巻で表わされる・・

紀元前5300-3300 

サリアゴスの豊満な女性
前5300-4500年
サリアゴス島、アンティパロス出土
大理石製

エーゲ海

女性像 
末期新石器時代
(前4500-3800年)
 クレタ島イエラペトラ
カト・ホリオ出土 

アッティカ地方

紀元前4500-4000

参考:キュクラデス石偶 古代ギリシャ-時空を超えた旅展より

蛇の渦巻き状頭部装飾 ギリシア北東部シタグロ出土
東バルカン文化、前4000年ごろ

第四章 海の道が開き、未来が動き出した頃【末期】
(紀元前3200〜3000年)

季節がいくつも巡り、村はかつてないほど豊かになっていました。
家々はしっかりとした石基礎を持ち、土器は赤や黒の彩色で美しく飾られ、
人々は遠くの島々と交易を行うようになりました。
黒曜石、貝殻、彩色土器、そして新たに現れた金の小片。
それらは、世界が静かに変わり始めていることを告げていました。

年老いたリュコスは、海辺の丘に腰を下ろし、
若者たちが大きな丸木舟を押し出すのを見守っていました。
舟は以前よりも大きく、遠くの島まで渡る力を持っていました。
「海の向こうには、まだ見ぬ人々がいるのだろうか」
若者の一人がつぶやくと、リュコスは微笑みました。
「ええ、そして彼らもまた、あなたたちを待っているのかもしれません」

村では、儀礼の形が変わりつつありました。
豊穣を祈る歌はより荘厳になり、
土で作られた像は、かつてよりもはっきりとした「意志」を宿しているように見えました。
人々はその像を「守り手」と呼び、
家の中央に置いて日々の暮らしを見守ってもらいました。

ある夜、村の中央で火を囲みながら、
長老たちは新しい話を語り始めました。
「大地を揺らす力を持つ者がいる」
「海を渡る風を操る者がいる」
「星々の道を知る者がいる」
それは、後のギリシャ神話へとつながる、
“神々の原型” ともいえる存在の萌芽でした。

リュコスはその語りを聞きながら、
自分たちの暮らしが、ただの営みではなく、
未来へ続く大きな物語の一部であることを感じていました。

やがて、村の若者たちは海へと旅立ち、
新しい土地へ、そして新しい文化へとつながる道を切り開いていきました。
その旅路の先には、
青銅器を扱う人々、巨大な石造建築、
そして後に「文明」と呼ばれる世界が待っていました。

リュコスは静かに目を閉じ、
波の音に耳を澄ませました。
「私たちの歩んだ道は、きっと未来の誰かの灯になる」
その思いは、海風に乗って遠くへと運ばれていきました。

こうして新石器時代の幕はゆっくりと閉じ、
ギリシャの大地は、次なる時代――
神々が名を持ち、英雄が生まれ、文明が花開く時代へと向かっていきました。

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
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愛媛県松山市出身。 国立理系大学院卒の元大手半導体材料研究開発エンジニア。(CPU基盤材料、太陽電池材料の研究開発に関わる) 関西在住時にうつ病療養のため何度か尋ねた蛇神大物主神を祀る奈良大神神社で不思議な体験を経験。それをきっかけに記紀を読むこと十年後、祖先は宇佐八幡初代神官大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)といった蛇神族の血流(神官系)につながることをつきとめます。 また、20年間あらゆる療法を試しても治らなかった難治性うつ病も瞑想と催眠の研究を続けていくことで奇跡的に解消し、人間に備わる自然治癒力発動法を発見します。独自のヒーリング法を確立し5年間精神疾患者への対面施術指導を行った後コロナ禍以降は引退。現在はサイトを立ち上げオンラインでHSP向けセルフヒーリングを提供しています。 自身の経験をもとに、「この世界には、時に説明のつかない出来事が起こり奇跡が起こる」ということを伝えていきたいと考えています。 「引き寄せの法則」などのスピリチュアル、宗教団体とは関係ありません。
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