龍神の記憶と目覚め  日本神話ー⑥葦原中国の平定話 | 龍神の記憶と目覚め 

日本神話ー⑥葦原中国の平定話

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創作物語版ー葦原中国の平定話ー

記紀に記載されている国譲り(葦原中国平定)を創作物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

第1章 高天原に満ちる光と、天照大御神の憂い

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高天原は、永遠に朝が訪れる世界でした。
白金色の雲がゆるやかに流れ、風は澄んだ音を立てて神々の間を渡っていきます。
その中心に座す 天照大御神(あまてらすおおみかみ) は、静かに下界を見つめていました。

葦原中国は豊かで美しい国でした。
稲穂は風に揺れ、山々は深い緑を湛え、海は空を映して輝いている。
しかし、その美しさの奥には、荒ぶる神々の争いが渦巻き、人々の暮らしは安らぎを失っていました。

天照大御神は胸に小さな痛みを覚え、そっと呟きました。

「……あの国は、いずれ私の御子が治めるべき国。
けれど、このままでは民が苦しむばかりでしょう」

その声は高天原の隅々まで響き、
八百万の神々は天の安河の河原へと集まり始めました。

河原には、光をまとった神々が次々と姿を現しました。
風の神、山の神、海の神、星の神――
その数は数えきれず、まさに「八百万」の名にふさわしい光景でした。

天照大御神は静かに立ち上がり、神々に向けて言葉を放ちます。

「葦原中国には、まだ荒ぶる神々が多く、人々は安らかに暮らせません。
そこで、皇孫を降し、国を治めさせたいと考えています。
しかし、その前に……あの国を平らげねばなりません。
誰を遣わせればよいでしょうか。遠慮なく申してほしい」

神々は互いに顔を見合わせ、やがて一柱が進み出ました。

「天穂日命(あまのほひのみこと)は、才も力も備えた神。
まずは彼を遣わしてみてはいかがでしょう」

天照大御神は頷きました。

「では、天穂日命を遣わしましょう」

こうして、葦原中国を平定するための最初の使者が選ばれました。

天穂日命は地上へ降りましたが、
大己貴神(おおなむちのかみ=大国主命)に心を寄せてしまい、
三年経っても何の報告もありませんでした。

天照大御神は眉を曇らせます。

「……また、失敗したのですね」

次に遣わされたのは、天穂日命の子・大背飯三熊之大人。
しかし彼もまた父と同じ道を辿り、復命しませんでした。

高天原には、重い沈黙が流れました。

第2章 天の安河に集う八百万の神々

天の安河は、朝の光を受けて水面がきらめき、
まるで星々が川となって流れているかのようでした。
その光の中を、八百万の神々が次々と降り立ちます。

風の神は風をまとい、
山の神は緑の香りを運び、
海の神は波の音を響かせる。

ざわめきは風のように広がり、
やがて一柱の神が静かに前へ進み出ました。

思金神(おもいかねのかみ)は、
高天原随一の知恵を持つ神として知られていました。

彼は天照大御神の前に進み、深く頭を下げて言います。

「葦原中国を鎮めるには、
まずは言葉の通じる、穏やかな神を遣わすのがよろしいでしょう。
荒ぶる神々を力で押さえつける前に、
心を通わせる道を試すべきかと存じます」

天照大御神は静かに頷きました。

「……確かに。
まずは争いではなく、言葉を尽くすべきでしょう」

神々のざわめきが少し静まり、
その場に柔らかな風が流れました。

思金神は続けます。

「その役目にふさわしいのは、
穏やかで礼儀正しく、
人の心に寄り添うことのできる 天菩比神(あめのほひのかみ) でしょう」

神々の間に、納得の気配が広がりました。

「確かに、あの神ならば」
「争いを避け、まずは和をもたらすだろう」

天照大御神は天菩比神を呼び寄せ、優しく語りかけます。

「天菩比よ。
葦原中国は美しい国ですが、
荒ぶる神々が人々を苦しめています。
まずはその地に降り、
大己貴神と語らい、
国の様子を知らせてほしいのです」

天菩比神は静かに膝をつき、深く頭を垂れました。

「御心のままに。
私は言葉をもって、葦原中国の神々と向き合いましょう」

その声は柔らかく、
しかし確かな決意を帯びていました。

天菩比神は光の道を降り、
葦原中国へ向かっていきます。

その背を見送りながら、
天照大御神は小さく呟きました。

「どうか……争いなく、道が開かれますように」

しかし、この穏やかな使者の派遣が、
のちに思いもよらぬ展開を生むことになります。

第3章 天菩比神、地上へ降りる

天菩比神は、朝の光をまとったまま天の浮橋を渡り、
柔らかな風に包まれて葦原中国へ降り立ちました。

その姿は、まるで光そのものが歩いているようでした。

地上に降りた瞬間、
大国主神がゆっくりと歩み寄ってきます。

「あなたが……天つ神の使いか」

その声は深く、どこか海の底のような静けさを含んでいました。

天菩比神は丁寧に頭を下げます。

「はい。私は天菩比と申します。
天照大御神の御心をお伝えするために参りました」

大国主神は穏やかに微笑みました。

「遠いところをよく来てくれた。
まずは疲れを癒していきなさい。
話はそれからでも遅くはない」

大国主神は天菩比神を自らの館へ招き、
香り高い酒と豊かな食を振る舞いました。

「この国は、海も山も豊かだ。
神々も民も、皆が共に生きている」

天菩比神は杯を手にしながら、
その言葉に耳を傾けました。

「……本当に、美しい国ですね。
天から見ていた景色より、ずっと温かい」

大国主神は笑みを深めます。

「天つ神の使いであろうと、客人は客人だ。
どうか、心を楽にしてほしい」

その夜、二柱は星の下で語り合いました。

「天菩比よ、天つ神の世界はどんなところだ」
「光に満ちています。けれど……どこか冷たくもあります」
「そうか。ここは光も闇もあるが、温もりもある」
「……ええ。あなたと話していると、そう感じます」

天菩比神の胸に、
使命とは別の“心地よさ”が静かに広がっていきました。

・・・・

天菩比神は大国主神の側に仕え、
国の豊かさを見守り、
夜には語り合い、
時には酒を酌み交わしました。

気づけば三年が過ぎていました。

天つ神への報告は、一度も行われていませんでした。

天菩比神はふと夜空を見上げ、
小さく呟きます。

「……私は、何をしているのだろう」

しかしその問いは、
大国主神の穏やかな声にかき消されました。

「天菩比よ、明日も共に国を巡ろう。
この国の未来を、共に見てほしい」

天菩比神は胸が痛むのを感じながらも、
その誘いを断ることができませんでした。

その頃、高天原では天照大御神が静かに眉を曇らせていました。

「……天菩比は、なぜ戻らぬのか。
なぜ、何の報告もないのか」

思金神が慎重に言葉を選びながら答えます。

「大国主神は器量の大きい神。
天菩比は、その温かさに心を寄せてしまったのでしょう」

天照大御神は目を閉じ、
胸の奥に小さな痛みを覚えました。

「……ならば、次の神を遣わねばなりません。
葦原中国は、まだ平らげられていないのですから」

高天原の光は変わらず明るいのに、
その場には静かな影が落ちていました。

第4章 二番目の使者・天若日子の迷い

天若日子(あめわかひこ)は、若く、勇ましく、そして聡明な神でした。
天照大御神から授かった弓矢は天の光を宿し、
「正義を貫く者」 の象徴でもありました。

天照大御神は静かに言葉を授けます。

「天若日子よ。
葦原中国はまだ乱れが残っています。
その地を見極め、我らに知らせてください」

天若日子は胸に手を当て、深く頭を下げました。

「御心のままに。
必ずや使命を果たして参ります」

その声は澄み、迷いはありませんでした。

そのときまでは――。

🌙 下照姫との出会い

天若日子が葦原中国へ降り立つと、
大国主神の娘 下照姫(したてるひめ) が彼を迎えました。

その姿は、朝露のように清らかで、
月の光のように柔らかでした。

「あなたが……天つ神の使いなのですね」

天若日子は言葉を失いました。
使命を胸に抱いていたはずなのに、
心の奥に温かい波が広がっていきます。

「はい。私は天若日子と申します。
あなたのような方に迎えられるとは……光栄です」

下照姫は微笑みました。

「どうか、この国を見ていってください。
父も、民も、あなたを歓迎しています」

その微笑みは、天若日子の心を静かに揺らしました。

日が経つにつれ、天若日子は下照姫と語り合う時間が増えていきました。

「天若日子さま、天の世界はどんなところなのですか」
「光に満ちています。けれど……あなたと話すこの時間の方が、ずっと温かい」

下照姫は頬を染め、そっと視線を落としました。

「……私も、あなたといると心が安らぎます」

その言葉は、天若日子の胸に深く沈みました。

使命よりも、
天つ神への忠義よりも、
彼女への想いが勝ってしまうほどに。

雉の鳴女と、誤射の悲劇

天つ神々は、天若日子が報告をしないことを不審に思い、
雉の鳴女(きぎしのめ) を地上へ遣わしました。

雉は天若日子の館の桂の木に止まり、澄んだ声で鳴きます。

「天若日子さま……天つ神々は、あなたの帰りを待っています」

その声は、天若日子の胸を刺しました。

「……なぜ今、来るのだ」

下照姫が心配そうに尋ねます。

「どうされたのですか?」

「いや……ただ、少し騒がしい鳥が来ただけだ」

天若日子は天照大御神から授かった弓を手に取り、
迷いを振り払うように矢を放ちました。

矢は雉を貫き、
そのまま天へと昇っていきます。

天照大御神は矢を手に取り、
血がついているのを見て静かに言いました。

「これは……私が授けた矢。
天若日子は、使命を忘れたのですね」

高皇産霊尊は矢を天から投げ返しました。

「ならば、この矢が答えとなろう」

矢は天を裂き、
地上へと落ちていきます。

天若日子は新嘗の儀の後、
静かに横になっていました。

胸に矢が突き刺さった瞬間、
彼は何が起きたのか理解する間もなく、
そのまま息絶えました。

天若日子の死を知った下照姫は、
天に届くほどの声で泣き叫びました。

「どうして……どうしてあなたが……
天若日子さま……!」

その涙は、
天と地を結ぶ糸のように細く、
しかし切れることなく流れ続けました。

彼女の嘆きは天つ神々にも届き、
天国玉神は天若日子の遺体を天へと運ばせました。

八日八夜、
神々は彼の死を悼み、
下照姫はただ静かに涙を流し続けました。

天若日子は使命を果たせず、
恋に心を奪われ、
そして天つ神の怒りを受けて命を落としました。

しかしその死は、
高天原に深い決意をもたらします。

「次こそは……
葦原中国を平らげねばならない」

そして物語は、
武御雷神(たけみかづちのかみ) の派遣へと進んでいきます。

第5章 高天原の決断と、雷の神の選出

天照大御神は八百万の神々を見渡し、ゆっくりと言葉を紡ぎます。

「天菩比も、天若日子も、葦原中国に心を奪われ、使命を果たせませんでした。
今度こそ、揺るがぬ意志と力を持つ神を送らねばなりません」

その言葉は、天の安河に集う神々の胸に重く響きました。
ざわめきが静まり、空気が張りつめていきます。

その中で、一柱の神が前へ進み出ました。

その神は、まるで雷が人の姿を取ったかのようでした。

眼は稲光のように鋭く

気迫は嵐のように荒々しく

しかしその立ち姿は、剣のようにまっすぐで揺るぎない

武御雷神(たけみかづちのかみ)

彼が一歩踏み出すたび、地が震え、空気が震えました。

「天照大御神よ。
なぜ、経津主だけが選ばれるのだ。
我もまた、葦原中国を平らげる力を持つ者。
どうか、この任をお与えください」

その声は雷鳴のように響き、
神々は思わず息を呑みました。

天照大御神は静かに頷きます。

「武御雷よ。
その強き意志、確かに受け取りました。
経津主神と共に、葦原中国へ向かいなさい。
皇孫が降り立つための道を、必ず開くのです」

武御雷神は深く頭を下げ、
その背に雷の光が走りました。

武御雷神と経津主神は、
十握剣を逆さに突き立てるようにして、
出雲の五十田狭の浜へと降り立ちます。

波が荒れ、風が唸り、
その場の空気が一瞬で変わりました。

二柱は剣の先に膝を立て、
大国主神に向かって静かに告げます。

「天つ神の御心により、
皇孫がこの国を治めることとなった。
大国主神よ――
お前は、この国を譲るか、否か」

その声は、雷のように重く、
しかし一切の揺らぎを許さない静けさを帯びていました。

第6章 武御雷神、稲佐の浜に降り立つ

武御雷神は天鳥船神を従え、
稲光をまとって天から一直線に降り立ちました。

その瞬間――

海はざわめき、波が逆巻き

風は鋭く吹き抜け

浜辺の砂は光を帯びて震え

空気そのものが張りつめていく

まるで天と地が一瞬でつながったかのようでした。

天鳥船神は静かに控え、
武御雷神は十握剣を逆さに突き立て、
その剣先に膝を立てて座します。

その姿は、
「ここから一歩も退かぬ」
という意志そのものでした。

浜辺に現れた大国主神は、
その気迫に押されながらも、堂々と歩み寄りました。

「……天つ神の使いよ。
この地に降り立った理由を、聞かせてもらおう」

武御雷神はゆっくりと顔を上げ、
雷鳴のような声で告げます。

「大国主神よ。
この国を、天つ神の御子にお譲りなさい」

その声は浜辺の空気を震わせ、
波が一斉に打ち寄せました。

大国主神はしばし沈黙し、
海の向こうを見つめます。

「……この国は、私が多くの神々と共に育ててきた国。
簡単に答えを出すことはできぬ」

武御雷神は一歩も動かず、
ただ静かに言葉を重ねました。

「ならば、まずはお前の子に問うがよい。
この国をどうするべきかを」

その声は強く、しかし冷静で、
争いを望まぬが、退く気もない――
そんな揺るぎない意志が宿っていました。

大国主神は胸の奥に重いものを感じていました。

天菩比神は帰らなかった

天若日子は使命を忘れ、命を落とした

少名毗古那神は常世へ去り

大物主神は三輪山に鎮まり国を支えている

そして今、
天つ神の最強の武神が目の前にいる。

「……これは、避けられぬ時が来たのかもしれぬ」

大国主神は静かに息を吐き、
武御雷神に向き直りました。

「わかった。
まずは、私の子――事代主に問おう」

武御雷神は頷きました。

「それがよい。
我らは待とう。
だが、答えは一つだ」

雷のような声が浜辺に響き、
稲佐の浜は再び静寂に包まれました。

第7章 大国主神の葛藤と、二柱の子の運命

最初に呼ばれたのは、穏やかで賢明な 事代主神(ことしろぬしのかみ) でした。
彼は美保の崎から船で戻り、武御雷神の前に静かに立ちます。

武御雷神の威は、雷雲のように重く、
その場にいるだけで胸が震えるほどでした。

事代主神は一度だけ大国主神を見つめ、
すぐに悟ったように頷きます。

「父上……天つ神の御心には逆らえません。
この国は、天つ神の御子にお譲りするのがよいでしょう」

その声は波の音に溶けるほど静かでしたが、
揺るぎない決意が宿っていました。

そして事代主神は、
青柴垣を波の上に築き、
その向こうへと姿を消します。

まるで、
「私はもう、この争いに関わらない」
と告げるように。

大国主神は深く息を吐きました。

「……頼みとした子は、もういない」

しかし、もう一柱の子 建御名方神(たけみなかたのかみ) は違いました。

彼は山のように大きく、
風のように俊敏で、
腕には大地を揺るがすほどの力が宿っていました。

建御名方神は武御雷神の前に立ち、
怒りを含んだ声で叫びます。

「父上の国を奪うというのか!
ならば、まずこの私を倒してみよ!」

武御雷神は静かに立ち上がり、
十握剣を抜かず、ただ素手で応じました。

「望むところだ。
力で語るというなら、力で答えよう」

二柱がぶつかった瞬間、
稲佐の浜は雷鳴のような轟音に包まれました。

岩は砕け

木々は倒れ

大地は震え

海は荒れ狂い

空には稲光が走る

建御名方神は山をも動かす力で押し返します。

「どうだ、天つ神の武神よ!」

しかし武御雷神は微動だにせず、
逆に建御名方神の腕を掴み、
大地に叩きつけました。

「まだ続けるか」

建御名方神は立ち上がり、
諏訪の方角へ逃れます。

武御雷神は追い、
諏訪の地でついに建御名方神を追い詰めました。

建御名方神は膝をつき、
荒い息の中で言います。

「……わかった。
私はこの地に鎮まり、
二度と逆らわぬと誓おう」

その誓いは風に乗り、
諏訪の山々に深く刻まれました。

大国主神の胸に残るもの

二人の子の決断――
一人は静かに承諾し、
一人は力の限り抵抗し、
そして敗れて誓いを立てた。

大国主神はそのすべてを受け止め、
静かに武御雷神へ向き直ります。

「……これで、私が頼みとした子らは皆、答えを出しました。
ならば私も、国を譲りましょう」

その声は、
長い国づくりの旅路を終えるような、
深い静けさを帯びていました。

第8章 大国主神の静かな決断と、出雲大社の約束

武御雷神と経津主神の前で、
大国主神は長く深い息をつきました。

その瞳には、
国を育ててきた年月、
共に歩んだ神々の姿、
人々の暮らしへの慈しみが映っていました。

そして、静かに口を開きます。

「……では、この国を天つ神の御子にお譲りいたします。
しかし、一つだけ願いがあります」

武御雷神は剣のような眼差しで問い返します。

「申してみよ」

大国主神は海風を受けながら、
ゆっくりと、しかし揺るぎない声で言いました。

「この国は、私が多くの神々と共に育ててきた国。
その魂は、今も私の胸に宿っています。
どうか――
私の御霊を鎮める社を建ててください。
私はこの国の背後から、人々の幸せを守り続けましょう」

その言葉は、
雷のような威圧の中でも揺らぐことなく響きました。

武御雷神はしばし沈黙し、
やがて深く頷きます。

「その願い、確かに聞き届けた。
天つ神の御子が治める国においても、
お前の御霊は尊ばれ、永く祀られるであろう」

この約束こそが、
出雲大社の起源となる
「大国主神の御霊を祀る社」の始まりでした。

国譲りが成された後、
大国主神は静かに浜辺を離れました。

その背中には、
敗北の影はありませんでした。

国を愛し

人々を思い

神々と共に歩んだ年月を抱きしめ

そして未来を天つ神に託す覚悟

そのすべてが、
深い慈しみとなって滲んでいました。

須勢理毗売命、
沼河比売、
八上比売、
少名毗古那神、
大物主神――

彼と共に国を育てた神々の想いを胸に、
大国主神は幽冥の世界へと歩みを進めます。

その姿は、
まるで夕暮れの光に溶けていくようでした。

「……この国よ、どうか幸あれ。
私はいつまでも、お前たちを見守っている」

その祈りは風に乗り、
出雲の山々と海に静かに染み渡っていきました。

第9章 天孫降臨への道が開かれる

高天原の空は、いつもより澄み渡っていました。
雲は金色に輝き、風は静かに、しかし確かな期待を運んでいます。

天照大御神は、皇孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)の前に立ち、
柔らかな光をまとって告げました。

「葦原中国は、今ようやく平らぎました。
あなたが降り立つ時が来たのです。
この国を照らし、導き、
人々が安らかに暮らせる世を築きなさい」

邇邇芸命は深く頭を下げ、
その瞳には揺るぎない決意が宿っていました。

🌈 天と地が交わる瞬間

天つ神々は、邇邇芸命のために道を整えます。

天児屋命(あめのこやねのみこと)

太玉命(ふとだまのみこと)

天宇受売命(あめのうずめのみこと)

五伴緒(いつとものお)の神々

多くの神々が随行し、
天と地をつなぐ「天の道」が光を帯びて伸びていきました。

その光は、まるで天と地が抱き合うように交わり、
日本の国のかたちが整っていく大きな転換点となります。

高天原の神々は静かに見守り、
葦原中国の大地は新たな息吹を待ちわびていました。

大国主神が築いた「国の土台」。
少名毗古那神が授けた「知恵」。
大物主神が支える「精神」。
そして、天つ神がもたらす「秩序」。

それらすべてが重なり合い、
邇邇芸命の降臨によって、
日本の国は新たな時代へと踏み出します。

天と地が交わり、
神々の意志がひとつの国を形づくる――
まさに、日本神話の中心にある「始まりの瞬間」でした。

古事記原文現代語訳

天照大御神の宣言
― 「豊葦原の瑞穂の国」は誰が治めるべきか ―


天照大御神(あまてらすおおみかみ)は仰いました。
「豊葦原の千秋長五百秋(ちあきながいほあき)の水穂の国は、
私の御子である 正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
統治すべき国である。」
こうして天忍穂耳命は、天から地上へ降るよう命じられました。

天忍穂耳命、地上を見て驚く

天忍穂耳命は、天の浮橋に立ち、
地上の様子を見下ろして仰います。
「豊葦原の瑞穂の国は……なんと騒がしいことだ。」
荒ぶる神々が跋扈し、
とても降り立てる状態ではないと判断した天忍穂耳命は、
再び天へ戻り、天照大御神にその様子を報告しました。

八百万の神々、天の安河に集う

そこで天照大御神と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は、
天の安河(あまのやすのかわ)の河原に
八百万(やおよろず)の神々を集め
思金神(おもいかねのかみ)に思案させて仰せになります。
「この葦原中国(あしはらのなかつくに)は、
我が御子が治めるべき国として委ねた国である。
しかし、そこには荒ぶる神々が多く、
容易には治まらぬであろう。
誰を遣わせば、
地上の神々を言向け(ことむけ=従わせ)ることができるだろうか。」

最初の使者・天菩比神の派遣

思金神と八百万の神々は協議し、
天菩比神(あめのほひのかみ) を派遣するのがよいでしょう」
と申し上げました。
そこで天菩比神が地上へ遣わされました。
しかし――
天菩比神は地上へ降りると、
大国主神(おおくにぬしのかみ)に媚び従ってしまい、
なんと 三年もの間、天へ報告をしなかった のです。

国譲りの物語が動き始める

ここから、
・次の使者の派遣
・大国主神との交渉
・武力と説得の両面からの「国譲り」
へと物語は進んでいきます。

天菩比神の失敗は、
天界にとって大きな誤算であり、
この後の展開をさらに緊迫させることになります。

天菩比神の失敗と、次の使者を選ぶ天界

天菩比神(あめのほひのかみ)が地上に降りて三年もの間、
大国主神(おおくにぬしのかみ)に媚び従い、
まったく報告をしなかったため、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)と高御産巣日神(たかみむすびのかみ)は
再び八百万の神々にお尋ねになりました。
「葦原中国(あしはらのなかつくに)に派遣した天菩比神は、
長いこと報告をして来ない。
今度はどの神を遣わせばよいだろうか。」

天若日子の選出と、天の弓矢

思金神(おもいかねのかみ)が申し上げます。
「天津国玉神(あまつくにたまのかみ)の御子、
天若日子(あめのわかひこ)を派遣するのがよいでしょう。」
こうして天若日子には、
天のまかこ弓
天のはは矢
という神聖な武具が授けられ、
地上へと派遣されました。

天若日子、地上で下照比売を娶る

ところが天若日子は、葦原中国に降り立つや否や、
大国主神の娘である
下照比売(したてるひめ)
を妻に迎えました。
そして、
「この国は自分が治めよう」
と考え、
八年もの間、天へ報告をしないまま留まり続けたのです。
天菩比神に続き、
二人目の使者までもが地上に取り込まれてしまいました。

天界、再び神々を集める

天照大御神と高御産巣日神は、
再び八百万の神々を集めて仰います。
「天若日子は長い間、何の報告もして来ない。
今度はどの神を遣わして、
天若日子が地上に留まっている理由を問いたださせればよいだろうか。」
思金神と八百万の神々は答えます。
「雉(きじ)・鳴女(なきめ)を遣わすのがよいでしょう。」

雉の鳴女、天から降りる

天照大御神と高御産巣日神は鳴女に命じました。
「あなたが地上へ行き、天若日子にこう尋ねなさい。
『あなたを葦原中国に派遣した理由は、
その国の荒ぶる神々を言向けて従わせるためである。
それなのに、どうして八年もの間、何の報告もしないのか』
と。」
鳴女は天から降り、
天若日子の家の門に立つ
神聖なカツラの木の枝にとまり
天神の詔(みことのり)をそのまま伝えました。

天のサグメの進言と、雉の運命

天から降りてきた雉の鳴女(なきめ)が、
天若日子に天照大御神の詔(みことのり)を伝えた時、
その声を聞いた 天のサグメ(天探女) が言いました。
「この鳥の鳴き声は不吉です。
射殺してしまった方がよいでしょう。」
天若日子はその言葉を受け、
天から授かった
天のハジ弓
天のカク矢
を手に取り、
雉を射殺してしまいました。

矢は天へと逆飛びする

天若日子の放った矢は、
雉の胸を貫き、
そのまま 逆向きに天へと飛び上がり
天の安河(あまのやすのかわ)の河原にいた
天照大御神と高木神(=高御産巣日神)のもとへ届きました。
高木神が矢を手に取ると、
矢羽には雉の血がべっとりと付いていました。

高木神の裁き ― 「正しき矢」か「反逆の矢」か

高木神は周囲の神々に矢を示し、こう仰います。
「これは、天若日子に授けた矢である。
もし天若日子が、
天の命に背かず、
悪しき神を射た矢が天に届いたのであれば、
この矢は天若日子に当たらずに戻るがよい。
しかし、もし反逆の心をもって射たのであれば、
この矢によって天若日子は禍(わざわい)を受けよ。」
そう言って、
高木神は矢が通ってきた穴から、
そのまま 地上へ向けて射返しました。

還り矢 ― 天若日子の最期

返された矢は、
地上で朝床に寝ていた天若日子の
高い胸坂(むなさか) に突き刺さり、
彼はそのまま息絶えました。
これが、
「還り矢(かえりや)」の起源
とされています。
また、射られた雉は戻らなかったため、
今でも諺に
「雉のひたつかい」
(=雉は戻らない)
と言うのは、この物語に由来します。

下照比売の嘆き、天まで届く

天若日子が「還り矢」で亡くなった時、
その妻である 下照比売(したてるひめ) は、
深い悲しみに沈み、声をあげて泣きました。

その嘆きの声は風に乗り、
天界にまで響き渡ったといいます。
天にいた
天若日子の父・天津国玉神(あまつくにたまのかみ)
天若日子の妻子
もその声を聞き、
地上へ降りてきて共に泣き悲しみました。

鳥たちが務める「喪屋(もや)」の儀式

天若日子のために喪屋が建てられ、
鳥たちがそれぞれ役割を担いました。
河雁(かわがん) … きさり持ち(喪屋の飾りを持つ役)
鷺(さぎ) … 箒持ち
翠鳥(かわせみ) … 御食人(みけびと)
雀(すずめ) … 碓女(うすめ=穀物を搗く役)
雉(きじ) … 哭女(なきめ=泣き女)

こうして、
昼八日、夜八夜 にわたって葬送の儀が行われました。
鳥たちが葬儀を務めるという描写は、
古代の自然観と神観が美しく融合した場面です。

阿遅志貴高日子根神、誤解される

その時、
天若日子の親友である
阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)
が弔いに訪れました。
すると、天から降りてきた
天若日子の父と妻は、
彼の姿を見るなり泣きながら言いました。
「我が子は生きていた」
「我が夫は生きていた」
二柱の神は、
阿遅志貴高日子根神の手足にすがりついて泣きました。

誤解の理由 ― 二柱の神は瓜二つ

なぜこのような誤解が起きたのか。
それは、
天若日子と阿遅志貴高日子根神の容姿が非常によく似ていた
からです。
そのため、天若日子の父と妻は、
阿遅志貴高日子根神を“死んだはずの天若日子”と見間違えたのです。

阿遅志貴高日子根神の怒り

阿遅志貴高日子根神は激しく怒り、こう言いました。
「私は親しい友であったからこそ弔いに来たのだ。
どうして私を、穢れた死人に擬えるのか。」
そう言うと、
佩いていた 十掬剣(とつかのつるぎ) を抜き、
喪屋を切り伏せ、
さらに足で蹴り飛ばしてしまいました。
この喪屋が飛んで落ちた場所が、
美濃国の藍見河(あいみがわ)の上流にある喪山(もやま)
とされています。
剣の名は
大量(おおはかり)
またの名を 神度剣(かむどのつるぎ)
といいます。

高比売命の歌 ― 神の名を顕すために

阿遅志貴高日子根神が怒って飛び去った時、
その同母妹である 高比売命(たかひめのみこと) は、
兄の名を世に顕そうとして歌いました。

高比売命の歌

天上の若い機織り女が
首にかけている、
玉を緒で貫いた連なりの玉飾りよ、
足玉よ、ああ。
その玉のように、
二つの谷に渡って輝く
阿遅志貴高日子根神よ。
(この歌は「夷振(ひなぶり)」と呼ばれる歌です。)

天界、ついに最強の武神を選ぶ

天若日子の死を経て、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は再び八百万の神々にお尋ねになります。
「では、次にどの神を派遣すればよいでしょう。」
思金神(おもいかねのかみ)と諸神は申し上げました。
「天の安河(あまのやすのかわ)の上流、
天の石屋(いわや)におられる
伊都之尾羽張神(いつのおはばりのかみ) を派遣するのがよいでしょう。
もしこの神が難しければ、
その御子である
建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ) を派遣するのがよいでしょう。」
さらに神々は続けます。
「しかし、天尾羽張神は、
天の安河の水を逆流させて堰き止め、
道を塞いでおられます。
そのため、他の神は近づくことができません。
ですので、まず 天迦久神(あめのかくのかみ) を遣わして
意向を伺うのがよいでしょう。」

天迦久神、天尾羽張神のもとへ

天迦久神が天尾羽張神に意向を尋ねると、
天尾羽張神はこう答えました。
「恐れ多いことです。
お仕えいたしましょう。
しかし、この道には、
私の子である 建御雷神 を遣わすのがよいでしょう。」
こうして、天尾羽張神は
建御雷神を天界へ献上しました。

建御雷神、天鳥船神とともに出雲へ

天照大御神は、
建御雷神に 天鳥船神(あめのとりふねのかみ) を副えて派遣しました。
この二柱の神は、
出雲国の 伊耶佐(いやさ)の小浜 に降り立ちます。
建御雷神は十掬剣(とつかのつるぎ)を抜き、
逆さまに波の上へ突き立て、
その剣の先に胡座をかいて座りました。
この姿は、
「武力をもって来た」
という強烈な意思表示です。

大国主神との対面

建御雷神は大国主神に向かって言いました。
「天照大御神・高木神のお言葉により、
あなたに尋ねに参った。
あなたが領有している葦原中国(あしはらのなかつくに)は、
我が御子が統治すべき国として
天照大御神が委任された国である。
それについて、
あなたの心はどうであるか。」

大国主神、まずは事代主神に判断を委ねる

建御雷神(たけみかづちのかみ)が
「葦原中国(あしはらのなかつくに)を天つ神の御子に譲るか」
と問いかけた時、大国主神は答えました。
「私は申し上げることができません。
私の子である 八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)
お答えするはずです。
しかし、事代主神は御大の岬に行っており、
まだ戻っておりません。」
そこで建御雷神は、
天鳥船神(あめのとりふねのかみ)を岬へ遣わし、
事代主神を呼び戻させました。

事代主神の返答 ― 国を献上する決意

事代主神は建御雷神の問いに答え、
父・大国主神に向かってこう言いました。
「恐れ多いことです。
この国は、天つ神の御子に献り奉りましょう。」
そう言うと、
事代主神は乗っていた船を踏み傾け、
天の逆手(あまのさかて) を青柴垣に変えて姿を隠しました。
これは、
「自分はもう国政に関わらない」
という意思表示です。
次に呼ばれたのは建御名方神
建御雷神は大国主神に尋ねます。
「今、事代主神はこのように申し終えた。
他に申すべき子はいるか。」
大国主神は答えました。
「他には、我が子 建御名方神(たけみなかたのかみ) がいます。
この子以外にはおりません。」
その時、建御名方神が現れ、
千引石(ちびきのいし) を手に持ちながら言いました。
「誰が我が国に来て、
ひそひそとこのようなことを言っているのか。
そのように言うのならば、
力比べをしようではないか。
まずは私が、お前の手を取ろう。」

力比べ ― 建御雷神の圧倒的な力

建御雷神は手を差し出し、
建御名方神に握らせました。
すると建御雷神の手は
・氷柱(つらら)
・剣の刃
へと変化し、
建御名方神は恐れをなして後退しました。
次に建御雷神が建御名方神の手を取ると、
若い葦を引き抜くように
軽々と掴み取り、投げ飛ばしました。
建御名方神は逃げ出し、
建御雷神は追いかけ、
ついに 科野(しなの)の国・諏訪の湖 まで追い詰めました。

建御名方神の降伏

建御名方神は震えながら申し上げました。
「恐れ多いことです。
どうか私を殺さないでください。
私はこの地から他の場所へは行きません。
また、父・大国主神の仰せに背くこともありません。
事代主神の言葉にも異はございません。
この葦原中国は、
天つ神の御子の御命令のままに献り奉ります。」
こうして建御名方神は降伏し、
諏訪の地に留まることを誓いました。

大国主神、ついに心を決める

建御雷神(たけみかづちのかみ)は、
事代主神(ことしろぬしのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)の
二柱の返答を受けて、再び大国主神に問いかけました。
「お前の子ら二柱は、
天つ神の御子のお言葉に背くところはないと申し上げた。
では、お前自身の心はどうであるのか。」
大国主神は静かに答えました。
「私の子らが申し上げた通り、
私の心にも異なるところはありません。
この葦原中国(あしはらのなかつくに)は、
お言葉に従ってすべて献り奉りましょう。」

大国主神のただ一つの願い

大国主神は続けて、
自らの退き場所について願いを述べます。
「ただ、私が住む場所は、
天つ神の御子が天つ日嗣(あまつひつぎ)を継いで治められる
満ち足りた天の御殿のように、
地の底深くの大きな磐に宮柱を太く立て、
千木を高天原に届くほど高くそびえさせた立派な宮を
お造りいただきたいのです。


そうしていただけるならば、
私は百足らず八十(ももたらずやそ)――
多くの道の奥深く、
人の目に触れぬ世界に隠れてお仕えいたしましょう。」
さらに大国主神は続けます。
「また、私の子ら百八十神は、
八重事代主神がその先頭と後尾に立って仕えるならば、
誰一人逆らう神はおりません。」

出雲国・多芸志の小浜に天神を迎える御殿を建てる

大国主神はこう申し上げると、
出雲国の 多芸志(たぎし)の小浜
天つ神を迎えるための御殿を建てました。
調理を司る神として
水戸神(みなとのかみ)の孫・櫛八玉神(くしやたまのかみ) を任じ、
天つ神に食事を献じる際には祝詞を奏しました。
櫛八玉神は鵜(う)となって海に潜り、
海底の粘土をくわえて持ち帰り、
多くの天の器を作りました。
また、海藻の茎を刈り取って
火を熾すための臼と杵を作りました。

大国主神、火を鑽り出して誓う

大国主神は火を鑽り出し、こう宣言します。
「この私が鑽った火は、
高天原では神産巣日御祖命(かみむすびのみおやのみこと)の
満ち足りた新しい御殿に
煤が長く垂れるほどに焚き上げ、
地の底では大きな磐に届くまで焼き固め、
栲縄(たくなわ)の千尋(ちひろ)もある長い縄を張りめぐらし、
釣りをする海人が、
口の大きな鱸(すずき)をざわざわと引き上げ、
打竹がしなるほどの量の魚料理を
天つ神に献上いたします。」
これは、
「私は天つ神に従い、
地上の国を献上し、
幽界の主として仕えます」

という大国主神の誓いです。

建御雷神、高天原へ帰還

こうして建御雷神は高天原へ戻り、
「葦原中国を言向け和し、平定した」
と報告しました。
これが、
国譲りの成就
です。

日本書紀現代語訳

葦原中国の平定

天照大神(あまてらすおおみかみ)の子である正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)は、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の娘である栲幡千千姫(たくはたちぢひめ)を娶られて、天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎ)を生まれました。

皇祖である高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、この孫を特に可愛がり大事に育てられました。そして、孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を立てて、葦原中国(あしはらのなかつくに)の君主としたいと思われました。

しかしその国には、蛍火のように輝く神や、蠅のように騒がしい良くない神がいました。また草木も皆よく物を言いました。

そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は多くの神々を集めて尋ねられました。
「私は葦原中国の良くない者を平定しようと思うが、それには誰を遣わしたらよいだろう。諸々の神たちよ、遠慮せず何でも言ってくれ。」
皆が言いました。
「天穂日命(あまのほひのみこと)は大変優れた神です。試してみてはどうでしょう。」

そこで天穂日命(あまのほひのみこと)を遣わしましたが、この神は大己貴神(おおなむちのみこと)におもねり、三年たっても復命しませんでした。

このため、その子である大背飯三熊之大人(おおそびのみくまのうし)、別名・武三熊之大人(たけみくまのうし)を遣わしました。しかしこれもまた父におもねり、何も報告しませんでした。
そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)はさらに諸神を集め、次に遣わすべき者を尋ねられました。
皆は言いました。
「天国玉神(あまつくにたまのかみ)の子の天稚彦(あめわかひこ)は立派な若者です。試してみてはどうでしょう。」

そこで高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、天稚彦(あめわかひこ)に天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天羽羽矢(あまのははや)を授けて遣わしました。

しかしこの神もまた忠実ではありませんでした。
到着すると、大己貴神(おおなむちのみこと)の娘である下照姫(したてるひめ)を妻とし、地上に留まり、
「私も葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めようと思う」
と言って、ついに復命しませんでした。

高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は怪しみ、無名雉(ななしきぎし)を遣わして様子を伺わせました。
雉は天稚彦(あめわかひこ)の門の前の桂の梢にとまりました。

これを天探女(あまのさぐめ)が見つけ、天稚彦(あめわかひこ)に告げました。
「珍しい鳥が来て、桂の梢にとまっています。」

天稚彦(あめわかひこ)は授かった天鹿児弓(あまのかごゆみ)と天羽羽矢(あまのははや)を取り、雉を射殺しました。

矢は雉を貫き、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の御前に届きました。
尊は矢をご覧になり、
「これは昔、私が天稚彦(あめわかひこ)に与えた矢である。血がついている。国つ神(くにつかみ)と闘ったのだろう。」
と言って矢を投げ返されました。

その矢は天稚彦(あめわかひこ)の胸に当たり、彼は新嘗の行事の後で仰臥していたため、立ちどころに死にました。
これが「射返された矢で死ぬ」ことを忌む由来です。

天稚彦(あめわかひこ)の妻である下照姫(したてるひめ)は泣き悲しみ、その声は天に届きました。
天国玉神(あまつくにたまのかみ)はその声を聞き、疾風を送って屍を天に上げさせ、喪屋を造り殯の式を行いました。

川雁を持傾頭者とし、雀を舂女として、八日八夜泣き悲しみました。

天稚彦(あめわかひこ)が地上にいたとき、味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)と仲が良かったため、この神は天に上って弔いました。
しかしその姿が天稚彦(あめわかひこ)に似ていたため、親族は「まだ生きていた」と喜び泣きました。

味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は怒り、
「朋友の道として穢れも厭わず来たのに、死人と間違えるとは」
と言って刀を抜き、喪屋を切り倒しました。
これが美濃国の藍見川の川上にある喪山となりました。

経津主神と武甕槌神の派遣

その後、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は再び諸神を集め、葦原中国に遣わす者を選びました。
皆は言いました。
「磐裂根裂神(いわさくねさくのかみ)の子で、磐筒男(いわつつのお)・磐筒女(いわつつのめ)が生んだ経津主神(ふつぬしのかみ)が良いでしょう。」

すると、天石屋(あまのいわや)に住む稜威雄走神(いつのおはしりのかみ)の子である甕速日神(みかはやひのかみ)、その子の熯速日神(ひのはやひのかみ)、その子の武甕槌神(たけみかつちのかみ)が進み出て、
「どうして経津主神(ふつぬしのかみ)だけが良くて、自分はダメなのだ」
と言いました。

語気が激しかったため、経津主神(ふつぬしのかみ)に添えて、共に葦原中国に遣わされました。

大己貴神の国譲り

二柱の神は出雲(いずも)の五十田狭(いたき)の小汀(おはま)に降り、十握剣を逆さに突き立て、その先に膝を立てて座り、大己貴神(おおなむちのみこと)に問いました。
「高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)が皇孫を降らせ、この地を治めようと思っておられる。お前は国を譲るか、否か。」

大己貴神(おおなむちのみこと)は、
「私の子に相談して返事をいたしましょう」
と言いました。

その子である事代主神(ことしろぬしのかみ)は出雲の美保の崎(みほのさき)で釣りをしていました。
熊野の諸手船に稲背脛(いなせはぎ)を乗せて使者とし、事代主神(ことしろぬしのかみ)に伝えました。
事代主神(ことしろぬしのかみ)は言いました。
「今回の天つ神(あまつかみ)の言葉には、父上は抵抗しない方がよいでしょう。私も逆らいません。」
そして波の上に青柴垣を作り、海中に退去しました。

使者が報告すると、大己貴神(おおなむちのみこと)は言いました。
「頼みとした子はもういない。だから私も身を引こう。もし私が抵抗すれば、国内の神々も戦うだろう。今私が退けば、誰も戦わない。」
そして国を平定した広矛を二神に奉り、
「私はこの矛で事を成し遂げた。天孫がこれを用いれば国は平安になるでしょう。私は今から幽界に参ります。」
と言って隠れました。

二神は従わない神々を成敗し、邪神や草木・石に至るまで平げました。
従わなかったのは星の神・香香背男(かかせお)だけでしたが、建葉槌命(たけはつちのみこと)を遣わして屈服させました。

そして二神は天に上って復命しました。

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愛媛県松山市出身。 国立理系大学院卒の元大手半導体材料研究開発エンジニア。(CPU基盤材料、太陽電池材料の研究開発に関わる) 関西在住時にうつ病療養のため何度か尋ねた蛇神大物主神を祀る奈良大神神社で不思議な体験を経験。それをきっかけに記紀を読むこと十年後、祖先は宇佐八幡初代神官大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)といった蛇神族の血流(神官系)につながることをつきとめます。 また、20年間あらゆる療法を試しても治らなかった難治性うつ病も瞑想と催眠の研究を続けていくことで奇跡的に解消し、人間に備わる自然治癒力発動法を発見します。独自のヒーリング法を確立し5年間精神疾患者への対面施術指導を行った後コロナ禍以降は引退。現在はサイトを立ち上げオンラインでHSP向けセルフヒーリングを提供しています。 自身の経験をもとに、「この世界には、時に説明のつかない出来事が起こり奇跡が起こる」ということを伝えていきたいと考えています。 「引き寄せの法則」などのスピリチュアル、宗教団体とは関係ありません。
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