目次
記紀に記載されている大国主命の話を創作物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
大うつ病、不安、ストレス解消,自律神経失調症といったメンタル不調を瞬時に解消
精神科患者の8割が騙されている?精神医療の実態を知るおすすめ本
大穴牟遅神は、兄たちの少し後ろを、黙って歩いていました。
背中には皆の荷物。
足取りは重いのに、顔には不満ひとつ浮かべません。
八十神たちは前方で騒がしく言い合っていました。
「八上比売はきっと俺を選ぶ!」
「いや、力のある者こそふさわしい!」
「お前なんかに負けるか!」
その声を聞きながら、大穴牟遅神は小さく笑いました。
「……皆、元気だなあ」
そのとき、海風に混じって、かすかな泣き声が聞こえました。
「……たすけて……だれか……」
大穴牟遅神は足を止め、砂浜の方へ目を向けます。
白い影が、波打ち際に倒れていました。
「兄上たち、誰か倒れています!」
大穴牟遅神が声を上げると、八十神たちは面白がるように近づきました。
「なんだ、兎か」
「皮を剥がれてるじゃないか。はは、みっともない」
「治したいなら、海水に浸かって風に当たればいいんだよ!」
兎は震えながら兄たちの言葉を信じ、海へ飛び込みました。
次の瞬間――
「ぎゃあああああっ!!」
悲鳴が海辺に響き渡ります。
八十神たちは腹を抱えて笑い、やがて興味を失って歩き去りました。
大穴牟遅神だけが、兎のそばに残りました。
「大丈夫ですか……?」
兎は涙で濡れた目を上げ、かすれた声で言いました。
「……いたい……いたいよ……どうすれば……」
大穴牟遅神はそっと膝をつき、優しい声で語りかけました。
「真水で体を洗って、蒲の穂を敷いた上に転がってください。
海水は傷にしみます。……痛かったでしょう」
兎は震える声で尋ねました。
「……ほんとうに……治るの……?」
「ええ。あなたの体はきっと元に戻ります。信じてください」
その声は、海の音よりも静かで、しかしどこまでも温かく響きました。
しばらくして、兎の体は元の白い姿を取り戻しました。
兎は嬉しさに震えながら、大穴牟遅神の前に座り直します。
「あなた……どうして、助けてくれたの?」
「困っている方を見たら、放っておけません。
それに……あなたがとても痛そうだったから」
兎はしばらく彼を見つめ、やがて静かに言いました。
「大穴牟遅神……あなたこそ、八上比売の夫となるお方です」
「え……? わ、私が……?」
「ええ。あなたの心は澄んでいます。
八上比売は、その心を選ぶでしょう」
大穴牟遅神は胸の奥がふっと温かくなるのを感じました。
自分でも気づいていなかった小さな灯が、そっと灯った瞬間でした。
「……そんな未来が、本当に来るのでしょうか」
兎は微笑みました。
「来ますよ。あなたは、運命に選ばれた方です」
大穴牟遅神は照れたように目を伏せ、海風に揺れる蒲の穂を見つめました。
その横顔は、兄たちの後ろを歩く控えめな青年ではなく、
まだ芽吹いたばかりの運命を抱く若き神の姿でした。

八十神たちは豪華な布、宝玉、珍しい獣皮を次々と持ち込み、声を張り上げて自分を誇りました。
「比売よ、これほどの宝を持つ者は他にいない!」
「私こそがふさわしい夫だ!」
八上比売は微笑みながらも、どこか遠い目をしていました。
「……どなたも立派ですが、心が動きません」
そこへ、大穴牟遅神が静かに現れました。
背には旅の荷物、衣は砂にまみれ、豪華さとは無縁の姿。
八上比売は息を呑みました。
「この方……」
大穴牟遅神は深く頭を下げ、控えめに言いました。
「私は兄たちの荷を持つ身。贈り物は何もありません。ただ……あなたにお会いできたことを嬉しく思います」
その声は、宝よりも澄んでいました。
八上比売は迷いなく言いました。
「私が選ぶのは……あなたです」
八十神たちの顔が一斉に歪みました。
「なに……?」
「この小僧が……?」
「比売、考え直せ!」
しかし八上比売は静かに首を振りました。
「心が決めたことです」
八十神たちはその場を離れると、怒りを抑えきれずに叫びました。
「許せぬ!」
「あの大穴牟遅を消してしまえ!」
「そうすれば比売は我らの誰かを選ぶ!」
彼らは次々と罠を仕掛けました。
「大穴牟遅、これを運べ。男ならできるだろう?」
岩は真っ赤に焼けていました。
触れた瞬間、皮膚が焼け、大穴牟遅神は倒れました。
「獣が出たぞ! 助けてやる!」
そう叫びながら、背後から武器を振り下ろしました。
「この木を押さえてくれ。倒れそうなんだ」
大穴牟遅神が手を添えた瞬間、八十神たちは木を押し倒しました。
大穴牟遅神は何度も命を落としました。
そのたびに母神・刺国若比売命や、母方の神々が嘆き、彼を蘇らせました。
「どうして……どうしてあなたばかりが傷つくの……」
「母上……私は、大丈夫です。まだ……終われません」
彼は立ち上がるたびに、八上比売の笑顔を思い出しました。
「もう一度……会いたい」
その想いだけが、彼を支えていました。
しかし八十神たちの悪意は止まりませんでした。
「次は必ず仕留めるぞ」
「出雲に居場所はないと思え!」
ついに大穴牟遅神は、出雲を離れる決意をします。
旅立つ前夜、八上比売は彼の袖を掴みました。
「行かないで……あなたがいなくなるなんて、耐えられません」
大穴牟遅神は悲しげに微笑みました。
「あなたを巻き込みたくありません。必ず……必ず戻ります」
「本当に……?」
「ええ。あなたとの恋は、まだ始まったばかりですから」
八上比売の頬を涙が伝いました。
「待っています……どれほどの時が過ぎても」
大穴牟遅神はその涙を胸に刻み、静かに出雲を後にしました。

母神は、傷だらけの大国主命の手をそっと包みました。
「……このままでは、あなたはまた殺されてしまう。
行きなさい、根の国へ。須佐之男命が、あなたの運命を開く鍵を持っている」
大国主命は不安を隠せずに尋ねました。
「母上……私は、そこへ行って戻ってこられるのでしょうか」
「戻ってきなさい。あなたには、まだ果たすべき未来があるのだから」
その言葉に背を押され、大国主命は暗い黄泉の気配漂う根の国へと歩みを進めました。
根の国の奥深く、荒れ狂う風の中に須佐之男命は立っていました。
その眼は鋭く、笑みはどこか挑発的でした。
「ほう……お前が大穴牟遅か。
母に泣きついてここまで来たのか?」
大国主命は静かに頭を下げました。
「私は……自分の道を探しに参りました」
須佐之男命は鼻で笑いました。
「ならば試してやろう。生き残れたら認めてやる」
🐍 試練① 蛇の室
須佐之男命は大国主命を暗い部屋へ突き飛ばしました。
「ここで夜を明かしてみろ!」
中には無数の大蛇がとぐろを巻いていました。
大国主命は息を呑み、壁際に身を寄せます。
そのとき、そっと扉が開き、少女の声がしました。
「……これを持っていって。蛇たちはこれを嫌うの」
須勢理毗売命でした。
彼女は小さな袋を差し出し、心配そうに見つめました。
「あなたが死ぬのは……いや」
大国主命は驚きながらも微笑みました。
「助けてくださるのですか……?」
「ええ。あなたは……優しい人だから」
🐝 試練② 蜂とムカデの室
翌日、須佐之男命は笑いながら言いました。
「次はここだ。蜂とムカデの巣だぞ!」
大国主命が閉じ込められると、須勢理毗売命がまた現れました。
「これを塗って。虫たちは近づけなくなるわ」
「どうして……そこまでしてくれるのですか」
須勢理毗売命は頬を赤らめ、視線をそらしました。
「理由なんて……言わなくてもわかるでしょう?」
大国主命の胸に、温かいものが広がりました。
🔥 試練③ 火の野原
須佐之男命は火を放ち、笑い声を上げました。
「逃げられるものなら逃げてみろ!」
炎が迫る中、須勢理毗売命が駆け寄り、火を鎮める宝を差し出しました。
「これを使って! お願い、生きて!」
大国主命はその手を握りしめました。
「あなたがいてくれるから、私は立ち上がれるのです」
🛏 試練④ 寝所の罠
須佐之男命は最後の罠を仕掛けました。
寝所の天井には巨大な岩が吊られ、少しでも動けば落ちる仕組み。
須勢理毗売命は震える声で言いました。
「この剣で縄を切って。そうすれば罠は外れるわ」
「あなたがいなければ、私はここで死んでいたでしょう」
「……死なせたくないの。あなたを」
二人はその夜、初めて互いの手を強く握り合いました。
すべての試練を乗り越えた大国主命を見て、須佐之男命は大きく笑いました。
「よくやった! お前は強い。
そして……娘を守った。ならば認めよう」
須勢理毗売命は父の前に進み出て、はっきりと言いました。
「私はこの方と共に生きたいのです」
須佐之男命は頷き、宝剣と弓矢を大国主命に授けました。
「この国を治めるのはお前だ。
娘を連れて行け。二人で未来を切り開け」
大国主命は深く頭を下げました。
「必ず……この恩に報います」
須勢理毗売命はそっと彼の袖を握り、微笑みました。
「さあ、地上へ戻りましょう。あなたの道は、ここから始まるのだから」。

国づくりの旅の途中、大国主命は深い霧の立ちこめる越の国へ辿り着きました。
その中心に、鏡のように静かな湖が広がっていました。
湖畔に佇む一人の姫。
その姿は、風も波も立てない水面のように穏やかで、どこか懐かしい温かさを帯びていました。
大国主命は思わず息を呑みました。
「……あの方は……」
沼河比売は振り返り、柔らかな微笑みを浮かべました。
「旅のお方でしょうか。ここは越の国、沼河のほとりです」
その声は、湖に落ちる雨粒のように静かで、心に沁みました。
大国主命は胸の奥に湧き上がる想いを抑えきれず、
遠く離れた場所から、そっと恋歌を送りました。
「水面に映る月のようなあなたに、
心は静かに引き寄せられていきます」
その歌は風に乗り、湖の上を渡っていきました。
沼河比売はその歌を受け取り、胸に手を当てました。
「……なんて優しい歌……」
そして、彼女もまた歌で応えました。
「深い水の底に沈む石のように、
あなたの言葉は私の心に静かに落ちていきます」
二人の歌は、風と水を通して互いの心を結びました。
ある日、大国主命は湖畔で沼河比売に会いました。
「あなたの歌……ずっと届いていました」
沼河比売は恥ずかしそうに微笑みました。
「私も……あなたの歌を待っていました」
大国主命はそっと問いかけました。
「あなたの心は、今……どこにありますか」
沼河比売は湖面を見つめながら答えました。
「静かに……でも確かに、あなたの方へ向かっています」
その言葉は、激しい情熱ではなく、
深い湖底に沈むような静かな確信でした。
大国主命は胸の奥が温かく満たされていくのを感じました。
「あなたと出会って……私はまた一つ、心が育った気がします」
沼河比売はそっと頷きました。
「国をつくるというのは、きっと……
人の心を知ることでもあるのでしょうね」
須勢理毗売命の愛は命を燃やす炎のようで、
八上比売の愛は初恋の風のように甘く、
そして沼河比売の愛は、深い水のように静かで優しい。
大国主命はそのすべてを胸に抱きながら、
「国を育てる神」へと変わっていきました。
沼河比売は彼の手をそっと包みました。
「あなたの歩む道が、どうか穏やかでありますように」
「あなたの祈りが……私の力になります」
二人の間に流れる静かな愛は、
大国主命の心をさらに成熟させ、
これからの国づくりの旅を支える大きな力となりました。

国づくりに悩んでいたある日、大国主命は海辺に立ち、荒れる波を眺めていました。
「どうすれば……この国を、皆が安心して暮らせる国にできるのだろう」
そのとき、波間に小さな光が揺れました。
よく見ると、掌ほどの小さな神が、海藻に乗って漂ってきます。
「……これは?」
小さな神は砂浜に降り立つと、胸を張って名乗りました。
「私は少名毗古那神。海の彼方、常世の国から来た者だ」
大国主命は驚きながらも、深く頭を下げました。
「あなたのような小さな神が……どうしてこの国へ?」
少名毗古那神はにやりと笑いました。
「お前が困っていると聞いたからだ。国づくりに悩んでいるのだろう?」
大国主命は胸の奥が熱くなるのを感じました。
「……助けていただけるのですか」
「もちろんだ。お前には、その価値がある」
少名毗古那神は小さな体に似合わぬ大きな知恵を持っていました。
病を癒す医療
・災いを祓う呪術
・作物を育てる農耕
・村を築く建国の知識
・彼は惜しみなくそれらを大国主命に授けました。
夜になると、二人は焚き火を囲み、未来を語り合いました。
「この国は、まだ荒れ地ばかりだな」
「ええ。でも、あなたの知恵があれば……きっと豊かになります」
「いや、お前の心があるからだ。お前は人を思う心が深い」
「……そう言っていただけると、救われます」
少名毗古那神は火の揺らめきを見つめながら言いました。
「大国主よ。お前は一人で背負いすぎる。もっと頼れ」
「あなたがいてくれるから、私は前に進めるのです」
二人はまるで兄弟のように寄り添い、
国を育てるという大きな夢を共有していました。
しかしある朝、少名毗古那神は静かに立ち上がりました。
その表情は、いつもの快活さとは違い、どこか寂しげでした。
「大国主よ。私の役目は……もう終わった」
大国主命は思わず声を震わせました。
「終わった……? そんなはずはありません。
あなたがいなければ、私は……」
少名毗古那神は首を振りました。
「お前はもう十分に強い。
これからは、お前自身の力でこの国を守れ」
「行ってしまうのですか……?」
「常世の国へ帰る時が来た。
だが、忘れるな。お前は一人ではない。
この国のすべての命が、お前を支えている」
大国主命は拳を握りしめ、声を絞り出しました。
「……ありがとう。あなたと過ごした日々は、私の宝です」
少名毗古那神は微笑み、波の向こうへと歩き出しました。
「さらばだ、大国主。
お前なら、この国を必ず良い国にできる」
その小さな背中が海の彼方に消えていくまで、
大国主命はただ立ち尽くしていました。
少名毗古那神が去った後、大国主命の胸には深い孤独が残りました。
しかし同時に、彼の心には確かな決意が宿っていました。
「私は……この国を守る。
あなたが託してくれた未来を、必ず形にしてみせる」
その決意こそが、
大国主命を「国を育てる神」へと押し上げていきました。

国づくりの最中、大国主命は海辺に立ち、広がる国土を見つめていました。
そのとき、海の向こうから柔らかな光が差し、静かに声が響きます。
「我を祀るならば、この国は必ず栄える」
大国主命は驚き、光の方へ向かって問いかけました。
「あなたは……どなたなのですか」
光はゆっくりと形を成し、荘厳な気配をまとった神が姿を現します。
「我は大物主神。
この国の根を支える神である」
その声は波の音よりも深く、山の静けさよりも重く響きました。
大物主神は三輪山に鎮まる神であり、
国の精神・祈り・秩序といった「目に見えない柱」を司る存在です。
古事記では、大物主神は大国主命の「もう一つの姿」とも語られます。
・大国主命:地上で国を築く神(形ある国土)
・大物主神:国の根本を支える神(形なき精神)
二柱はまるで表と裏、
昼と夜、
身体と魂のように、
互いを補い合う関係でした。
大国主命は深く頭を下げ、静かに言いました。
「あなたのお力を、この国にお貸しください」
大物主神は頷き、三輪山へと姿を移します。
「我はこの山に鎮まり、この国の心を守ろう。
お前は地を耕し、民を導け」
こうして、
大国主命は 国土を整え、暮らしを築く神
大物主神は 国の精神と祈りを支える神
として、二柱は一つの国を共に育てていくことになりました。
大国主命はその力強い支えを感じながら、
国づくりをさらに進めていきます。
大国主命は土地を開き、
少名毗古那神から学んだ技術で国を豊かにし、
沼河比売や須勢理毗売命との出会いで心を成熟させてきました。
そこに大物主神という精神的支柱が加わったことで、
国は初めて「形」と「心」の両方を備えたのです。
大国主命は静かに呟きました。
「これで……この国は、本当に一つの国となる」
その言葉は、海風に乗って三輪山へと届き、
大物主神は静かに微笑んだと伝えられています。
稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)
― 大穴牟遅神と兎の出会い ―
大国主神(おおくにぬしのかみ)には、多くの兄神たちがいらっしゃいました。
しかし、その兄神たちは皆、稲羽の八上比売(やがみひめ)を妻に迎えたいという思いから、そろって稲羽へ向かうことになりました。
その道中、兄神たちは大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)に大きな袋を背負わせ、従者のように連れて行きました。
気多の岬で出会った一羽の兎
気多(けた)の岬に着いた時、兄神たちは皮を剥がれたように裸になり、地面に伏して苦しむ兎を見つけます。
兄神たちは兎に向かって、
「海水を浴びて、風に当たりながら高い山の上に寝ていればよい」
と教えました。
兎はその言葉を信じて山の頂に臥せっていましたが、海水が乾くにつれて風に吹かれ、皮が裂けてしまい、激しい痛みに泣き伏してしまいました。
最後にやって来た大穴牟遅神
そこへ、兄神たちの後から遅れて歩いてきた大穴牟遅神が兎を見つけ、
「どうして泣いているのですか」
と優しく声をかけます。
兎は事情を語りました。
淤岐(おき)の島からこの岬へ渡りたかったこと
海のワニ(サメ)たちをだまして並ばせ、その上を走って渡ったこと
最後に「だました」と言ってしまったため、ワニに捕まって皮を剥がされたこと
兄神たちの教えに従ったら、かえって傷がひどくなったこと
大穴牟遅神の優しい教え
兎の話を聞いた大穴牟遅神は、こう教えます。
「すぐにこの川の河口へ行き、真水で身体を洗いなさい。
そのあと、河口に生えている蒲(がま)の穂を取って敷き、その上で転がれば、きっと元の肌に戻るでしょう。」
兎が言われた通りにすると、たちまち身体は元の美しい姿に戻りました。
これが「稲羽の素兎」と呼ばれる兎であり、今では「兎神」とされています。
兎が告げた未来
元気になった兎は、大穴牟遅神に向かってこう言いました。
「先に行った兄神たちは、きっと八上比売を得ることはできないでしょう。
袋を背負っておられるあなた様こそ、八上比売を手に入れられるでしょう。」
兎は、大穴牟遅神の心の優しさを見抜き、その未来を告げたのです。
八上比売の選択と、大穴牟遅神への試練
八上比売(やがみひめ)は、大勢の兄神たちに向かって、はっきりとこう答えました。
「私はあなた方のお言葉には従いません。大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)と結婚いたします。」
この言葉を聞いた兄神たちは激しく怒り、大穴牟遅神を殺そうと企みます。
最初の罠 ― 赤い猪の正体
兄神たちは相談し、伯耆国(ほうきのくに)の手間山(てまのやま)のふもとに着くと、大穴牟遅神にこう言いました。
「この山には赤い猪がいる。
我らが追い立てて下へ落とすから、お前はここで待ち受けて捕まえよ。
もし捕まえなければ、お前を殺す。」
しかし、兄神たちが山から転がし落としたのは、火で真っ赤に焼いた大きな石でした。
大穴牟遅神はそれを本物の猪と思って受け止め、焼けた石に触れて命を落としてしまいます。
母神の嘆きと、神々の救い
大穴牟遅神の母神は深く悲しみ、天へ参上して神産巣日神(かみむすびのかみ)に助けを求めました。
すると、神産巣日神は
きさがい比売(ひめ)と うむがい比売(ひめ)
という二柱の女神を遣わし、蘇らせるよう命じます。
きさがい比売が、焼け付いた身体をこそげ集め
うむがい比売がそれを受け取り
母神がその身体に乳を塗ると
大穴牟遅神は再び息を吹き返し、立派な若者の姿で歩き出しました。
二度目の罠 ― 木の裂け目の死
しかし、兄神たちはそれを見て再びだまし、山へ連れて行きます。
彼らは大木を切り倒し、割れ目に楔(くさび)を打ち込んで広げ、その中に大穴牟遅神を入れさせました。
そして、入った瞬間に楔を外し、木を閉じさせて圧し殺してしまいます。
母神はまた泣きながら探し求め、ついにその木を見つけて割り開き、息子を救い出して蘇らせました。
母神は言います。
「あなたはここにいては、いずれ兄神たちに滅ぼされてしまうでしょう。
すぐに木の国の大屋毗古神(おおやびこのかみ)のもとへ行きなさい。」
大屋毗古神の助けと、根の堅州国への道
大穴牟遅神は母の言葉に従い、大屋毗古神のもとへ身を寄せます。しかし兄神たちは追ってきて、弓に矢をつがえ、大屋毗古神に大穴牟遅神を渡すよう迫りました。
大屋毗古神は大穴牟遅神を木の股からくぐらせて逃がし、こう告げます。
「須佐之男命(すさのおのみこと)のいらっしゃる
根の堅州国(ねのかたすくに)へ向かいなさい。
きっとその大神が、あなたをお守りくださるでしょう。」
こうして、大穴牟遅神は兄神たちの迫害から逃れ、運命を切り開くために、黄泉に近い深い国――須佐之男命のもとへ向かうことになります。
根の堅州国 ― 大穴牟遅神の試練と、須勢理毗売命との出会い
大屋毗古神(おおやびこのかみ)の助言に従い、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)は、須佐之男命(すさのおのみこと)のいらっしゃる根の堅州国(ねのかたすくに)へと向かいました。
運命の出会い ― 須勢理毗売命
根の国に到着すると、須佐之男命の娘である須勢理毗売命(すせりひめのみこと)が現れます。
二人は目を合わせた瞬間、心が通い合い、恋に落ちました。
須勢理毗売命は父のもとへ戻り、
「美しい神が来られました」
と告げます。
須佐之男命は大穴牟遅神を見ると、
「これは葦原色許男命(あしはらのしこおのみこと)である」
と名を呼び、家の中へ招き入れました。
第一の試練 ― 蛇の室
須佐之男命は大穴牟遅神を蛇の室に寝させます。
須勢理毗売命は夫となる大穴牟遅神に、蛇を鎮めるための蛇のヒレを渡し、
「もし蛇があなたを噛もうとしたら、このヒレを三度振り上げて打ち払いなさい」
と教えます。
大穴牟遅神がその通りにすると、蛇たちは静まり、無事に朝を迎えました。
第二の試練 ― 蜈蚣と蜂の室
翌夜、須佐之男命は大穴牟遅神を蜈蚣(むかで)と蜂の室に入れます。
須勢理毗売命は再び、蜈蚣と蜂を鎮めるヒレを渡し、同じように使うよう教えました。
大穴牟遅神はその教えに従い、またも無事に生き延びます。
第三の試練 ― 燃え盛る野と鳴鏑
次に須佐之男命は、広い野に**鳴鏑(なりかぶら)**の矢を射込み、
「この矢を取ってこい」
と命じます。
大穴牟遅神が野に入ると、須佐之男命は周囲に火を放ち、逃げ場のない炎の壁が迫ります。
その時、一匹の鼠が現れ、
「内はほらほら、外はすぶすぶ」
と告げました。
その言葉の通りに地面を踏むと、穴が開いて中に落ち、火をやり過ごすことができました。
やがて鼠が鳴鏑をくわえて持ってきて献上します。
矢羽は鼠の子どもたちが食べてしまっていましたが、矢そのものは無事でした。
誤解と再会
その頃、須勢理毗売命は大穴牟遅神が死んだと思い込み、葬送の道具を手に泣きながら野へ向かっていました。
須佐之男命もまた死んだと思い、野へ出てきます。
そこへ大穴牟遅神が矢を持って戻ってきたため、須佐之男命は驚き、彼を家へ連れ帰りました。
第四の試練 ― 須佐之男命の虱取り
須佐之男命は大穴牟遅神を、田がいくつも並ぶほど広い室に呼び入れ、
「わしの頭の虱を取れ」
と命じます。
しかし、須佐之男命の頭には虱ではなく蜈蚣がうごめいていました。
須勢理毗売命は夫を助けるため、ムクの木の実と赤土を渡します。
大穴牟遅神は木の実を噛み砕き、赤土を口に含んで吐き出し、
あたかも蜈蚣を噛み砕いて吐いたように見せました。
須佐之男命はそれを見て、
「こやつ、なかなか愛しい奴よ」
と心を許して眠りにつきます。
逃走 ― 天の詔琴が鳴り響く
大穴牟遅神は眠った須佐之男命の髪を室の梁に縛り付け、
五百人が引くほどの重い石で戸を塞ぎ、
須勢理毗売命を背負って逃げ出します。
さらに、須佐之男命の
生大刀(いくたち)
生弓矢(いくゆみや)
天の詔琴(あまののりごと)
を持ち出しました。
逃げる途中、天の詔琴が木に触れて大きく鳴り響き、地が震えます。
その音で須佐之男命は目を覚まし、室を引き倒しましたが、
髪を梁に結ばれていたため、追いかけるまでに時間がかかり、
大穴牟遅神と須勢理毗売命は遠くへ逃げ延びることができました。
黄泉比良坂に響く須佐之男命の宣言
― 大国主神、ここに誕生す ―
大穴牟遅神が須勢理毗売命(すせりひめ)を背負い、根の国から逃げ出した時、
須佐之男命(すさのおのみこと)は激しい地鳴りで目を覚まし、
黄泉比良坂(よもつひらさか)まで追いかけて来られました。
遠くに逃げる大穴牟遅神の姿を見つけると、須佐之男命は大声で呼びかけます。
須佐之男命の言葉 ― 国を治める者としての命
須佐之男命は叫びます。
「お前が持っている生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)を使い、
お前の異母兄弟たちを坂の裾に追い伏せ、
河の瀬の向こうへ追い払え。
そして、お前こそ
大国主神(おおくにぬしのかみ)となり、
宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となって、
この国を治めよ。
我が娘を正式な后とし、
宇迦の山の麓に、
地の底の根の国の岩盤に太い柱を立て、
高天原に届くほど千木を高くそびえさせて宮殿を建て、
そこに住むがよい。」
須佐之男命は、荒ぶる神でありながら、
この瞬間、大穴牟遅神を“国を託すべき者”として認めたのです。
八十神の追放と、国造りの始まり
大穴牟遅神は須佐之男命の言葉に従い、
生大刀と生弓矢を用いて、
自分を迫害してきた八十神(やそがみ)たちを追い払いました。
坂の裾ごとに追い伏せ、
河の瀬ごとに向こうへ追いやり、
ついに国を平定し、
国造りを始められたのです。
ここに、大国主神が誕生します。
八上比売との約束と、木俣神の誕生
その後、大穴牟遅神は、
かつて自分を選んだ稲羽の八上比売(やがみひめ)と、
約束通り契りを結びました。
しかし、八上比売は正妻である須勢理毗売命を畏れ、
自分が生んだ子を木の股に挟んで置き去りにし、国へ帰ってしまいます。
その子は
木俣神(きまたのかみ)
またの名を
御井神(みいのかみ)
と呼ばれるようになりました。
木の股に残された子が神となるというのは、
日本神話らしい、自然と生命の象徴的な描写ですね。
八千矛神、沼河比売への求婚
― 高志の国に響く恋の歌 ―
八千矛神(やちほこのかみ/大国主神)は、高志(こし)の国に住む沼河比売(ぬなかわひめ)に求婚しようとお出ましになりました。
沼河比売の家に到着すると、神は戸口に立ち、次のように歌って求婚なさいます。
八千矛神の恋歌
八千矛の神である私は、
八つの島々からなるこの国の中では、
妻とするにふさわしい女神を見つけることができませんでした。
けれども、国の果てにある遠い高志の国に、
聡明で美しい女神がいると聞きました。
繊細で、麗しい女神がいると聞きました。
その方に求婚するために旅立ち、
こうしてあなたの家に到着したのです。
まだ腰の大刀の緒も解かず、
上着も脱がないまま、
あなたの寝ている家の板戸を押して立っています。
引こうとして、また押そうとして、戸口に立っています。
すると、青々とした山の方で鵼(ぬえ)が鳴き、
山の麓の野原では雉が声を響かせ、
家の庭の鳥たちまで鳴き始めました。
なんと憎らしい、声を立てて鳴く鳥たちでしょう。
この鳥は、撃ち殺してしまいたいほどです。
いしたふや アマハセヅカイよ
――語り伝えられていることは、この通りなのです。
この歌は、
「あなたに会いたくて、急いで来た」
という情熱と、
「戸が開かないもどかしさ」
を、鳥の鳴き声に重ねて表現した、とても美しい恋歌です。
沼河比売の返歌
― 恥じらいと恋心が交差する夜 ―
八千矛神(やちほこのかみ/大国主神)が熱い恋歌を歌いかけても、
沼河比売はすぐには戸を開けず、
家の中から静かに、しかし深い想いを込めて歌い返します。
沼河比売の恋歌
八千矛の神の命よ。
私は、萎え草のように頼りない女の身でございます。
私の心は、
潮が満ちれば飛び立たざるを得ない、
海辺の州にいる鳥のようなものです。
今はまだ自分の鳥ですが、
いずれはあなたの鳥となる身なのですから、
どうか鳥たちを殺さないでくださいませ。
いしたふや アマハセヅカヒよ
――語り伝えられていることは、この通りでございます。
青い山に日が沈めば、
やがて夜が訪れるでしょう。
そうすれば、朝日のような笑みをたたえて、
あなたは私のもとへお越しになるでしょう。
栲綱(たくづな)のように白い腕を、
沫雪(あわゆき)のように柔らかい胸を、
そっと叩いて、叩いて愛しんでくださるでしょう。
玉のように美しい手を取り合い、
その手を枕にして、
足を長く伸ばして、
共に寝ることができるでしょうに。
どうか、むやみに恋しさを募らせてお急ぎなさらないでくださいませ。
八千矛の神の命よ。
語り伝えられていることは、この通りでございます。
そして、二人は翌夜に結ばれる
こうしてその夜は、
沼河比売は慎み深く戸を開けず、
婚姻は結ばれませんでした。
しかし翌日の夜、
二人は正式に結ばれ、
深い愛の契りを交わされたのです。
須勢理毗売命の嫉妬と、八千矛神の旅立ち
― 愛と別れの歌 ―
八千矛神(やちほこのかみ/大国主神)が高志の国の沼河比売(ぬなかわひめ)に求婚したことを知り、
正妻である須勢理毗売命(すせりひめのみこと)は深く嫉妬しました。
その嫉妬は激しく、
八千矛神は困り果ててしまいます。
そこで神は、
「今度は倭(やまと)の国の女神に求婚しよう」
と考え、出雲から旅立とうと身支度を整えました。
出発の時、
片方の手は馬の鞍にかけ、
片方の足は鐙(あぶみ)にかけたまま、
旅立ちの歌を静かに詠み始めます。
八千矛神の旅立ちの歌
ぬばたまのように黒い衣を
細やかに、正しく身につけてみます。
沖にいる鳥のように胸元を見て、
羽をぱたぱたさせるように動いてみても、
どうにも似合いません。
そこで、浜辺に寄せる波のように、
そっと脱ぎ捨てます。
次に、鴗鳥(ひたきどり)のような青い衣を
細やかに、正しく身につけてみます。
沖の鳥のように胸元を見て、
羽をぱたぱたさせてみても、
これもまた似合いません。
そこで、浜辺の波のように、
そっと脱ぎ捨てます。
最後に、山に蒔いた麻の実を搗いて染めた、
染め草の汁で染めた衣を
細やかに、正しく身につけてみます。
沖の鳥のように胸元を見て、
羽をぱたぱたさせてみると、
これはとてもよく似合います。
愛しい妻よ。
もし私が、群れ飛ぶ鳥のように
皆と一緒に遠くへ行ってしまったら。
もし私が、引かれる鳥のように
どこかへ連れて行かれてしまったら。
あなたは「泣きません」と言うかもしれませんが、
山の麓に立つ一本の薄(すすき)のように、
しおれて泣いてしまうでしょう。
その涙は、朝の空に立つ霧となって
漂うことでしょう。
若草のように美しい、私の妻よ。
語り伝えられていることは、この通りでございます。
国主神の系譜 ― 多くの神々を生み育てた物語
大国主神(おおくにぬしのかみ)は、国造りの神としてだけでなく、
多くの神々の父としても知られています。
ここでは、そのお子たちの系譜が語られています。
胸形の奥津宮の神・多紀理毗売命との間に生まれた神
阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)
次にその妹神である
高比売命(たかひめのみこと)
またの名を
下光比売命(したてるひめのみこと)
といいます。
阿遅鉏高日子根神は、現在では
迦毛大御神(かもおおみかみ)
として祀られています。
神屋楯比売命(かむやたてひめのみこと)との間に生まれた神
事代主神(ことしろぬしのかみ)
大国主神の国造りを助け、のちに国譲りで重要な役割を果たす神です。
八嶋牟遅能神(やしまむぢのかみ)の娘・鳥取神との間に生まれた神
鳥鳴海神(とりなるみのかみ)
この鳥鳴海神が、
日名照額田毗道男伊許知迩神(ひなてるぬかたひぢちおいこちにのかみ)を娶って生んだ子が、
国忍富神(くにおしとみのかみ)
国忍富神の子孫
国忍富神が、
葦那陀迦神(あしなだかのかみ)
またの名を 八河江比売(やがわえひめ)
を娶って生んだ子は、
速甕之多気佐波夜遅奴美神(はやみかのたけさはやちぬみのかみ)
この神が、天之甕主神(あめのみかぬしのかみ)の娘・前玉比売(さきたまひめ)を娶って生んだ子は、
甕主日子神(みかぬしひこのかみ)
甕主日子神が、淤加美神(おかみのかみ)の娘・比那良志毗売(ひならしひめ)を娶って生んだ子は、
多比理岐志麻流美神(たひりきしまるみのかみ)
この神が、
比比羅木之其花麻豆美神(ひひらぎのそのはなまずみのかみ)の娘・
活玉前玉比売神(いくたまさきたまひめ)を娶って生んだ子は、
美呂浪神(みろなみのかみ)
美呂浪神が、敷山主神(しきやまぬしのかみ)の娘・青沼馬沼押比売(あおぬまうまぬまおしひめ)を娶って生んだ子は、
布忍富鳥鳴海神(ふのおしとみとりなるみのかみ)
この神が、若尽女神(わかつくしめのかみ)を娶って生んだ子は、
天日腹大科度美神(あめのひばらおしなとみのかみ)
この神が、天狭霧神(あめのさぎりのかみ)の娘・遠津待根神(とおつまちねのかみ)を娶って生んだ子は、
遠津山岬多良斯神(とおつやまみさきたらしのかみ)
「十七世の神」とは
ここまでに述べられた、
八嶋士奴美神(やしましぬみのかみ)から、遠津山岬多良斯神まで
の神々を、古事記では
「十七世の神(じゅうななよのかみ)」
と呼びます。
大国主神の血脈が、
国造りの神々として長く続いていくことを示す系譜です。
少名毗古那神の来訪と、国作りの始まり
大国主神(おおくにぬしのかみ)が出雲の御大の御前にいらっしゃった時のことです。
波の上から、天のががいもの船に乗り、
鵝(がちょう)の皮を剥いだ衣をまとった不思議な神が、
海を渡ってやって来ました。
大国主神が名を尋ねても答えず、
従っていた神々に尋ねても、誰も知りませんでした。
その時、**タニグク(谷の鳴く蛙の神)**が申し上げます。
「これは、クエビコが必ず知っているでしょう。」
クエビコが明かした神の名
クエビコを呼んで尋ねると、こう答えました。
「この神は、神産巣日神(かみむすびのかみ)の御子、
少名毗古那神(すくなびこなのかみ)でございます。」
そこで大国主神は、天上の神産巣日御祖命(かみむすびのみおやのみこと)のもとへ参上し、
この神についてお尋ねしました。
神産巣日御祖命は仰います。
「確かにこれは私の子です。
私の手の指の間から漏れ落ちた子なのです。
あなた、葦原色許男命(あしはらのしこおのみこと=大国主神)と
この少名毗古那神は兄弟となり、
共にこの国を作り固めることでしょう。」
こうして、大国主神と少名毗古那神の二柱は協力し、
国作りを進めていきました。
しかし、やがて少名毗古那神は
常世国(とこよのくに)へと渡ってしまいます。
クエビコの正体
少名毗古那神の名を明かしたクエビコは、
今では 山田のソホド と呼ばれています。
この神は歩くことはできませんが、
地上世界のすべてを知る神として知られています。
大国主神の嘆きと、新たな神の来訪
少名毗古那神が去った後、
大国主神は深く嘆き、こう仰いました。
「私は独りで、どうしてこの国を作り上げることができましょう。
誰が私と共に、この国を完成させてくれるのでしょう。」
その時、海の彼方から光が差し、
海を照らして近づいてくる神がありました。
その神は言います。
「もし私を正しく治めることができるなら、
私はあなたと共に国を作り、完成させることができましょう。
もしそうでなければ、国作りは難しいでしょう。」
大国主神が尋ねます。
「では、あなたを治め奉るには、どのようにすればよいのでしょうか。」
その神は答えました。
「私を、倭(やまと)の青垣の東の山の上に祀りなさい。」
この神こそ、
御諸山(みもろやま)に鎮まる神
すなわち 大物主神(おおものぬしのかみ) です。
大年神の系譜
― 五穀豊穣と家の守りを司る神々 ―
大年神(おおとしのかみ)は、
須佐之男命の子であり、
「年(とし)」=収穫・豊穣を象徴する重要な神です。
ここでは、その大年神の子どもたちと、
さらにその子孫たちが語られています。
1. 伊怒比売(いのひめ)との間に生まれた五柱の神
大年神が、神活須毗神(かみいくすびのかみ)の娘・伊怒比売を娶って生んだ子は次の五柱です。
大国御魂神(おおくにみたまのかみ)
韓神(からのかみ)
曽冨理神(そほりのかみ)
白日神(しらひのかみ)
聖神(ひじりのかみ)
この五柱は、国の基盤や清浄、光、霊性を象徴する神々です。
2. 香用比売(かぐひめ)との間に生まれた神
大香山戸臣神(おおかぐやまとのおみのかみ)
年御神(としみのかみ)
「年御神」は大年神の性質を受け継ぐ、豊穣の神です。
3. 天知迦流美豆比売(あめしるかるみづひめ)との間に生まれた神
奥津日子神(おきつひこのかみ)
奥津比売命(おきつひめのみこと)
またの名を 大戸比売神(おおとひめのかみ)
大戸比売神は、
竈(かまど)の神=台所の守り神として、
今も多くの人々に祀られています。
4. 大山咋神(おおやまくいのかみ)
またの名を 山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)
この神は、
近淡海(ちかつあわうみ=琵琶湖)の日枝山
葛野(かどの)の松尾
に鎮座し、
鳴鏑(なりかぶら)を用いる神として知られています。
5. その他の神々(九柱)
庭津日神(にわつひのかみ)
阿須波神(あすはのかみ)
波比岐神(はひきのかみ)
香山戸臣神(かぐやまとのおみのかみ)
羽山戸神(はやまとのかみ)
庭高津日神(にわたかつひのかみ)
大土神(おおつちのかみ)
またの名は 土之御祖神(つちのみおやのかみ)
以上の九柱を合わせて、
大年神の子は十六柱とされています。
羽山戸神の子どもたち(八柱)
羽山戸神が、大気都比売神(おおげつひめのかみ)を娶って生んだ子は次の八柱です。
若山咋神(わかやまくいのかみ)
若年神(わかとしのかみ)
若沙那売神(わかさなめのかみ)
弥豆麻岐神(みずまきのかみ)
夏高津日神(なつたかつひのかみ)
またの名は 夏之売神(なつのめのかみ)
秋毗売神(あきひめのかみ)
久々年神(くくとしのかみ)
久々紀若室葛根神(くくきのわかむろかつねのかみ)
この八柱は、
季節・山・年の巡りを象徴する神々で、
自然の循環そのものを表しています。
大己貴神と少彦名命
大己貴命(おおあなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)は力を合わせ、心を一つにして天下を造られました。また現世の人民と家畜のために、病気治療の方法を定められました。
鳥獣や昆虫の災いを除くためには、まじないの法を定められました。このため百姓(おおみたから)は今に至るまで、その恵みを受けています。
昔、大己貴命(おおあなむちのみこと)が少彦名命(すくなひこなのみこと)に、
「我らが造った国は善く出来たと言えるだろうか」
と問われました。
少彦名命(すくなひこなのみこと)は、
「あるいはよく出来た所もあるが、あるいは不出来の所もある」
と答えました。
この物語は深い訳があるようです。
その後、少彦名命(すくなひこなのみこと)は出雲(いずも)の熊野の岬に行かれて、ついに常世(とこよ)(長生不老の国)に去られました。また粟島(あわしま)に行き、粟茎によじ上られ、そこで弾かれて常世郷(とこよのくに)に行かれたともいいます。
それからのち、国の中でまだ出来上がらない所を、大己貴命(おおあなむちのみこと)が一人でよく巡り造られました。ついに出雲国(いずものくに)に至って揚言(ことあげ)をされました。
「葦原中国(あしはらのなかつくに)は、もとより荒れていて広い所だった。岩や草木に至るまで、すべて強かった。しかし、私がそれらを砕き伏せ、今は従わない者はない。」
そしてさらに、
「今、この国を治める者はただ私一人である。私と共に天下を治めることができる者が他にあるだろうか。」
と言われました。
そのとき、不思議な光が海を照らして、忽然として浮かんでくるものがありました。
「もし私がいなかったら、お前はどうしてこの国を平げることができたろうか。私があるからこそ、お前は大きな国を造る手柄を立てることができたのだ。」
このとき大己貴神(おおあなむちのかみ)は、
「お前は何者か」
と尋ねました。
それは答えました。
「私はお前に幸いをもたらす、不思議な魂(みたま)(幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま))だ。」
大己貴神(おおあなむちのかみ)は、
「そうですか。分かりました。あなたは私の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)です。今、どこに住みたいと思われますか?」
と言われました。
するとそれは答えました。
「私は日本国の三諸山(みもろやま)に住みたいと思う。」
そこで宮をその所に造って行き住まわせました。これが大三輪神(おおみわのかみ)であります。
この神の子は、賀茂君(かもきみ)たち、大三輪君(おおみわのきみ)たち、また姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)であります。
別の説
別の説では、事代主神(ことしろぬしのかみ)が大きな鰐(わに)になって、三島の溝橄姫(みぞくいひめ)、あるいは玉櫛姫(たまぐしひめ)という人の所に通われました。そして子である姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)を生みました。これが神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでのみすめらみこと)(神武天皇)の后(きさき)であります。
少彦名命の来訪
大己貴神(おおあなむちのかみ)が国を平定したとき、出雲国(いずものくに)の五十狭々(いささ)の小浜(おばま)に行かれて食事をされようとしました。
このとき海上ににわかに人の声がしたので、驚いて探しましたが、何も見えませんでした。
しばらくして一人の小人が、ヤマカガミの皮で舟をつくり、ミソサザイの羽を衣にして、湖水にゆられてやってきました。
大己貴神(おおあなむちのかみ)はこの小人を拾って掌にのせ、もてあそんでいると、跳ねてその頰をつつきました。そこでその姿を怪しんで遣いを出し、天神に尋ねられました。
すると高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)がお聞きになって、
「私が生んだ子は皆で千五百ほどある。その中の一人に、いたずらで教えに従わない子がいた。指の間から漏れ落ちたのは、きっと彼だろう。可愛がって育ててくれ。」
と言われました。
これが少彦名命(すくなひこなのみこと)であります。