目次
天地開闢の内容を物語としてまとめています。
記紀の現代語訳を読みたい方は後半をご覧ください。

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
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世界が始まるよりも前、時間という概念すらまだ芽生えていなかった頃、そこには“在るとも言えぬ在り方”だけが広がっていました。
それは闇でも光でもなく、温かさと冷たさが同時に漂う、不思議な静寂の海のようなものでした。
上も下も、遠いも近いも、まだ意味を持たず、ただ“ゆらぎ”だけが世界を満たしていたのです。
その“無のゆらぎ”の奥底で、ふと、ひとつの中心が脈打つように震えました。
それは音でも光でもなく、ただ「存在の核」が静かに息をしたような瞬間でした。
その瞬きは、やがてひとつの名を帯びます。
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と申します。
この神は、姿を持たず、声もなく、ただ“中心”として在り続けます。
しかし、その在り方は確かで、どこにもいないのに、どこにいても感じられるような、不思議な存在感を放っていました。
世界がまだ形を持たぬその時、中心に宿る意志が、自らをそっと名乗ったのです。
やがて、その中心から、もうひとつの気配がふわりと立ち上がります。
それが 高御産巣日神(たかみむすひのかみ) です。
この神が現れた瞬間、世界にはじめて“むすび”――結び、産み、育てる力が芽生えました。
虚空にやわらかな温もりが広がり、生命の気配がほのかに漂い始めます。
続いて、神産巣日神(かむむすひのかみ) が生まれます。
その気配は静かでありながら深く、見えない根が大地の底へと伸びていくような、いのちの源泉そのもののようでした。
三柱の神々は、生まれた瞬間にすでに成熟しており、語らず、争わず、ただ世界の胎動を見守るように、静かに身を隠します。
それは「世界は自らの力で育つべきだ」という、古い宇宙の知恵のようにも感じられます。
三柱の神々が隠れた後、世界は再び静寂に包まれます。
しかし、その静寂は先ほどの“無”とは異なり、今は“胎動を秘めた無”でした。
そこには、まだ形にならない未来のすべてが潜んでいたのです。
やがて、その静寂の奥底で、世界はゆっくりと動き始めます。
国土はまだ若く、水面に浮かぶ脂のようにゆらゆらと揺れ、形を定めようとしません。
その揺らぎの中から、一本の葦が芽吹くように、ひとつの“いのち”が立ち上がります。
それが 宇摩志阿斯訶備比古遲神(うましあしかびひこぢ) です。
名の通り、瑞々しい葦の芽のように、世界に初めて“上へ伸びる力”が生まれました。
続いて、天之常立神(あめのとこたちのかみ) が現れます。
この神は、揺らぐ世界に一本の軸を通すように、天地を支える“柱”となりました。
こうして、まだ名も形も定まらぬ世界に、初めて“秩序”の気配が宿り始めます。
別天津神――世界の基礎を成す五柱の神々は、姿を隠しながらも、確かに世界の奥底で息づいていました。
ここまでの五柱を、
『古事記』は 別天津神(ことあまつかみ) と呼びます。
まだ男女の区別もなく、
ただ“世界の基礎”そのものとして存在する神々です。
天地の活動が始まったとき、まず高天原に姿を現したのは 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) でした。
続いて 高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、そして 神産巣日神(かみむすひのかみ) が現れます。
この三柱の神は、いずれも 性別を持たず、姿を隠す神(独神) として出現しました。
その後、国土がまだ未熟で、脂のように漂い、まるでクラゲのように揺らめいていた頃、
葦の芽がふっと芽吹くようにして現れたのが 宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ) です。
続いて 天之常立神(あめのとこたちのかみ) が出現しました。
この二柱もまた 性別を持たず、姿を隠す独神 でした。
以上の五柱の神々は、後の神々とは異なる、特別な天神(別天神) とされています。
昔、まだ天と地が分かれておらず、陰陽の別もまだ生じていなかった時、世界はまるで鶏の卵の中身のように固まっていなかった中に、ほの暗くぼんやりと何かが芽生えていたのだと伝えられています。
やがて、その澄んで明るいものは昇りたなびいて天となり、重く濁ったものは下を覆い滞って大地となりました。澄んで明るいものはひとつにまとまりやすかったのですが、重く濁ったものが固まるには時間がかかったのです。
それゆえ、まずは天が出来上がり、大地はそのあとで出来ました。その後、そのなかに神がお生まれになったのだと語られています。
それで次のように言われます。天地が開けたはじめに、国土が浮き滞っている様子は、例えて言えば、泳ぐ魚が水の上の方に浮いているようなものであったのだ、ということです。
そんな時に、天地のなかにある物が生じました。形は葦の芽のようでありましたが、間もなくそれが神となられました。この神を、国常立尊(くにのとこたちのみこと)と申し上げます。
なお、大変尊いお方は「尊(みこと)」といい、それ以外のお方は「命(みこと)」といい、ともにミコトと訓みます。以下、すべてこれに従います。
次に国狭槌尊(くにさつちのみこと)、次に豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)と、全部で三柱の神がおいでになります。この三柱の神は陽気だけを受け、ひとりでにお生まれになりました。ゆえに、純粋な男性神であったのです。