龍神の記憶と目覚め  エジプトの文明ー⑥分裂と統一の時代 ― 中王国終焉から新王国誕生まで(第11王朝〜第12王朝・紀元前2055年〜紀元前1650年頃) | 龍神の記憶と目覚め 

エジプトの文明ー⑥分裂と統一の時代 ― 中王国終焉から新王国誕生まで(第11王朝〜第12王朝・紀元前2055年〜紀元前1650年頃)

目次

概要説明

エジプト第12〜17王朝は、黄金期から崩壊、異民族支配、そして再統一へと至る激動の時代です。第12王朝はアメンエムハト1世の即位により始まり、官僚制度の整備やファイユーム干拓事業、ヌビア征服などにより繁栄を極めました。しかしアメンエムハト3世の死後に王朝は急速に不安定となり、短命の王が続いた第13王朝を経て、デルタでは地方勢力が第14王朝を名乗り、王国は南北に分裂します。この隙を突いて西アジア系のヒクソスが台頭し、第15王朝を樹立。馬・戦車・複合弓といった新技術をもたらしつつ、エジプト文化に同化しながら支配を広げました。南のテーベでは第16王朝が抵抗の火種を守り続け、第17王朝のセケンエンラー、カモセ、アハモセがついにヒクソスを追放し、エジプトを再統一します。これをもって第2中間期は終わり、新王国時代が幕を開けました。

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
薬に頼らずメンタル不調を瞬時に解消


第1章 黄金の中王国 ― 秩序を取り戻した王たち
(第12王朝・紀元前1991〜1802年)

夜明け前のエジプトは、まだ混乱の影を引きずっていました。
第一中間期の争いは大地に深い傷を残し、
ナイルの流れでさえ、どこか不安げに揺れているように見えたと伝えられます。

そんな時代に、一人の王が静かに立ち上がりました。
アメンエムハト1世――
彼は夢の中で神アメンの声を聞いたといいます。

「エジプトを再び一つにせよ。
ナイルのように、絶えず流れ、絶えず調和せよ。」

イチタウィ建設 ―「新しい心臓をつくる王」

アメンエムハト1世は都をイチタウィへ移し、
国家の中心を再び整えることから始めました。
それはまるで、傷ついた身体に新しい心臓を据えるような行為でした。

官僚制度は再編され、地方の力は均され、
王の権威はゆっくりと、しかし確実に戻っていきます。

宮廷では、
「王は秩序(マアト)を地上に戻した」
と囁かれました。

センウセルト1世 ―「白い冠の統一王」

父の遺志を継いだ センウセルト1世 は、
南北を再び確かな手で結びつけた王として知られます。

彼が戴く白い冠は、
ただの王権の象徴ではなく、
「エジプトが再び一つになった」という祈りそのものでした。

神殿は再建され、
職人たちは再び誇りを取り戻し、
ナイルのほとりには歌声が戻ってきます。

センウセルト3世 ―「軍神の化身」

やがて王座に就いた センウセルト3世 は、
エジプト史上もっとも強い意志を持つ王の一人とされます。

彼はヌビアへ遠征し、国境を固め、
南方の脅威を退けることで王国の安全を確かなものにしました。

彼の彫像は、
深い皺と鋭い眼差しを持ち、
まるで未来の困難を見据えているかのようです。

その姿は後世の人々に
「軍神が地上に降りた」
と語られるほどの迫力を持っていました。

アメンエムハト3世 ―「ナイルの調律者」

第12王朝の頂点を築いたのは アメンエムハト3世
彼はナイルの氾濫を読み、水を制御し、
エジプトを豊穣の極みに導いた王です。

ファイユームの開発は、
荒れた大地に新しい命を吹き込むような事業でした。

農民たちは彼を
「ナイルの友」
「大地の守り手」
と呼び、
その治世はまさに黄金の時代と讃えられます。

黄金期の空気

この時代のエジプトには、
静かな自信と、ゆるぎない秩序が満ちていました。

・神殿は再び香煙を上げ
・職人は石に魂を刻み
・農民はナイルの恵みに感謝し
・王はマアト(調和)を地上に保つ者として尊敬された

第12王朝は、
エジプトが「自らの力で再び立ち上がった時代」。
その輝きは後の世にも語り継がれ、
まるで長い夜を越えた後の朝日のように、
王国全体を照らし続けました。

エジプト 第12王朝歴代王
アメンエムハト1世→センウセレト1世→アメンエムハト2世→センウセレト2世→センウセレト3世→アメンエムハト3世→アメンエムハト4世→セベクネフェル

アメンエムハト1世によって第12王朝が開かれました。彼は第11王朝の宰相アメンエムハトと同一人物と考えられており、一般には王位を簒奪して即位したとされています。即位直後には軍を率いて反対派の州侯やヌビア人勢力を鎮圧し、王権の基盤を固めました。また、テーベからイチ・タウィ(正確な位置は不明)へ遷都し、新たな政治中心を築きます。

第12王朝は政権の安定に成功し、官僚制度を整備して中央集権化を進めました。さらにファイユーム地方で大規模な干拓事業を行い、この地域をエジプト有数の穀倉地帯へと発展させます。対外的にはシリアとの交易を拡大し、南方ではヌビアを征服して領土を広げるなど、積極的な政策が展開されました。

しかし、アメンエムハト3世の死後、王朝は急速に不安定になります。後継のアメンエムハト4世は短期間で亡くなり、その後を継いだ女王セベクネフェルは約1500年ぶりの女性ファラオであったことから、王位継承をめぐる何らかの問題があったと考えられています。

ヘリオポリスに残るセンウセルト1世像

ファイユームに残るアメンエムハト3世のピラミッド跡

エジプトで見つかったアメンエムハト2世のお宝
(見つかった金属器はクレタ島で発見されたものにそっくり)

第2章 静かに崩れていく王国
(第13王朝・紀元前1800〜1650年)

エジプトは第12王朝の黄金期を終え、
大地にはまだ豊穣の香りが残っていました。
しかし、その表面の下では、
ゆっくりと、しかし確実に、
王国の鼓動が乱れ始めていたのです。

それは大洪水でも、反乱でもなく、
まるで砂漠に吹く風が、
知らぬ間に石碑の文字を削り取っていくような、
静かな崩壊 でした。

王が次々と消えていく時代

第13王朝の王たちは、
まるでナイルの水面に映る影のように、
現れては消え、消えては現れました。

ある王は数年、
ある王は数ヶ月、
中には名前だけが残り、
治世の痕跡すら曖昧な者もいます。

宮廷の書記官たちは、
王名表に新しい名を刻むたびに、
「この王はどれほど続くのだろう」と
胸の奥でため息をついたと伝えられます。

王権は弱まり、
地方の領主たちは再び力を持ち始め、
エジプトはゆっくりと「中心」を失っていきました。

それでも続いた日常の営み

しかし、民衆の生活はすぐには崩れませんでした。

ナイルは相変わらず季節ごとに氾濫し、
農民たちは種をまき、収穫を祝いました。
職人たちは石を削り、
神官たちは神殿で香を焚き続けました。

エジプトという文明は、
王が弱ってもなお、
大地そのものが人々を支えていたのです。

ただし、
その豊かさの裏で、
少しずつ「不安」という名の影が伸びていました。

王国の中心が揺らぐ

王が短命であるということは、
政策も、軍事も、外交も、
すべてが中途半端に終わるということ。

・治水の計画は途中で止まり
・神殿の再建は未完成のまま残り
・地方の領主は自らの判断で動き始める

エジプトは、
「王が治める国」から
「地方が自らを守る国」へと変わりつつありました。

それは、
王国の骨がゆっくりと軋むような音を立てる、
そんな時代でした。

王たちの孤独

第13王朝の王たちは、
決して無能だったわけではありません。

むしろ、
混乱の中で国を保とうとした者も多く、
彼らの墓には
「マアト(秩序)を守らんとした王」
という祈りが刻まれています。

しかし、
時代の流れは彼らに味方しませんでした。

王座に座った瞬間から、
彼らはすでに「崩れゆく王国の守り手」だったのです。

静かな終わり、そして次の影

第13王朝の終わり頃、
デルタ地帯では異国の人々が増え始めました。

交易者、傭兵、移住者――
彼らはまだ敵ではなく、
ただ新しい風としてエジプトに入り込んでいました。

しかし、
この「異国の風」が、
やがて王国の運命を大きく変えることになります。

第13王朝の静かな崩壊は、
次に訪れる ヒクソスの時代(第15王朝) への
長い前奏曲だったのです。

エジプト 第13王朝(紀元前1782年-前17世紀)

第13王朝は王権が弱く、数多く知られている王達の在位中の治績はほとんど不明です。また、第13王朝の王達は同一の家系にも属していませんでしたが、国家機構は正常に運営されていたようです。後半には下エジプト地方で、アジア系と見られる首長達が独自の政権(第14、15王朝)を築きエジプトの統一は崩れていきます。

文字改革
初期王朝時代にはもうすでに文字による記録を持ち始めています。この文字は神聖文字(ヒエログリフ)といい、芸術的には優れたものでしたが、日常生活の記録にはとても面倒で使い物になりませんでした。神官文字(ヒエラティック)と呼ばれる文字体がこの時期に発明されます。また、第1中間期~新王国時代までの古エジプト語から、細かいニュアンスなどの表現が可能になった中エジプト語が用いられるようになり、文章語としてほぼ完成され多くの文学作品が開花します。

ヒエログリフ

ヒエラティック

第3章 デルタの分裂と地方王の時代
(第14王朝・紀元前1805〜1650年)

第13王朝の王たちが次々と消えていく頃、
ナイル・デルタでは別の物語が静かに始まっていました。

それは、
「王国の中心が揺らぐとき、周縁が自ら王を名乗り始める」
という、歴史が繰り返し見せる現象でした。

デルタの大地は豊かで、交易の風が吹き、
エジプトの中でも特に外界との接点が多い地域。
そこに住む人々は、
王都イチタウィの混乱を遠くに感じながら、
自らの土地を守るために動き始めたのです。

霧の中から現れる「地方王」

第14王朝の王たちは、
まるで霧の中に浮かぶ影のように、
その姿がはっきりしません。

名前だけが残る王、
治世が数ヶ月で終わった王、
地方の豪族がそのまま王を名乗った者――
その実態は、歴史の深い砂の下に埋もれています。

しかし、確かなのは一つ。

デルタは、もはや中央の王を待たず、
自らの王を立てる時代に入った。

ということでした。

交易の風がもたらした変化

デルタはエジプトの中でも特に外界とつながる土地。
地中海の船、レバントの商人、アジアからの旅人――
さまざまな文化が交差する場所でした。

そのため、デルタの人々は
「中央の王が弱いなら、自分たちで守るしかない」
という現実的な判断を下します。

・交易路を守るため
・農地を維持するため
・外敵から村を守るため

地方の指導者たちは、
やがて「王」の称号を名乗り始めました。

それは反乱ではなく、
むしろ“自衛のための王権”でした。

王国の二つの鼓動

こうしてエジプトは、
南のテーベと北のデルタで、
二つの異なる鼓動を打ち始めます。

南では、
まだ王権の伝統を守ろうとする人々がいました。

北では、
外界との交流を背景に、
より柔軟で現実的な政治が行われていました。

エジプトは一つの国でありながら、
その内部ではすでに
「二つの文化」「二つの価値観」が育ち始めていたのです。

ひび割れた大地に忍び寄る影

デルタの地方王たちは、
自らの土地を守るために王を名乗っただけでした。

しかし、
その“王の空白”に、
やがて異国の人々が入り込んできます。

彼らはまだ敵ではなく、
交易者として、傭兵として、
あるいは移住者として、
静かにデルタへ根を下ろしていきました。

しかし、
この「異国の影」が、
後にエジプトを大きく揺るがすことになります。

第14王朝は、
ヒクソス台頭のための舞台が整えられていく時代
だったのです。

静かに進む分裂の物語

第14王朝は、
戦争の轟音も、英雄の伝説も残していません。

しかし、
その静けさこそが、
エジプト史の中で特異な存在感を放っています。

・中央の力が弱まり
・地方が自らを守り
・異国の風が吹き込み
・王国の境界が曖昧になっていく

それは、
大河がゆっくりと流れを変えるような、
気づけば景色が変わっているような、
そんな時代でした。

そしてこの静かな変化が、
次の章――
ヒクソスの支配(第15王朝)
という激動の時代へとつながっていきます。

エジプト 第14王朝(紀元前1782年-前17世紀)
歴代王
セカエンラー → ネブウセルラー → カーウセルラー → アアヘテプラー→マアイブラー

この王朝が支配した領域は下エジプト(ナイル川デルタ地帯)あるいはそのごく一部であったと推定されています。その歴史について残る記録は極めて少なく、全体像はよく分かっていません。

第4章 異国の風 ― ヒクソスの支配
(第15王朝・紀元前1650〜1550年)

エジプトの北、デルタ地帯には、
いつの時代も外界の風が吹き込んでいました。
地中海の潮の香り、レバントの商人の声、
アジアの草原から来た旅人の足音――
それらが混ざり合い、デルタは常に“境界の地”として息づいていたのです。

しかし、第14王朝の分裂が進むにつれ、
その境界はゆっくりと、しかし確実に破れ始めました。

異国の民、静かに根を下ろす

最初にやってきたのは、
交易者としての彼らでした。

・羊毛や青銅を運ぶ者
・馬を連れた遊牧民
・複合弓を扱う傭兵
・家族とともに移住してきた者

彼らはエジプト人と争うことなく、
むしろ共に働き、共に暮らし、
デルタの村々に溶け込んでいきました。

しかし、
その背後には、
“新しい技術と戦術を持つ人々”という
静かな力が潜んでいました。

アヴァリスの台頭 ―「異国の都が生まれる」

デルタ東部の町アヴァリス。
そこは最初、ただの交易拠点にすぎませんでした。

しかし、異国の民が増えるにつれ、
アヴァリスは次第に活気を帯び、
市場には見慣れぬ品々が並び、
街路には異国語が飛び交うようになります。

そしてある日、
アヴァリスの指導者たちは静かに宣言しました。

「我らは王となる」

これが第15王朝――
ヒクソスの誕生でした。

馬と戦車 ― エジプトを揺るがす新技術

ヒクソスが持ち込んだ最大の衝撃は、
馬と戦車、そして複合弓でした。

エジプト人はそれまで、
牛に引かせた重い戦車しか知りませんでした。
しかしヒクソスの戦車は軽く、速く、
まるで風のように戦場を駆け抜けました。

複合弓は遠くまで矢を飛ばし、
その威力は従来の弓をはるかに超えていました。

エジプトの兵士たちは、
その速さと破壊力に驚愕し、
「黒い風が吹き抜けた」と語ったといいます。

ヒクソスの支配は“破壊”ではなかった

意外なことに、
ヒクソスはエジプト文化を否定しませんでした。

・エジプトの神々を祀り
・エジプト語を学び
・エジプト式の王名を名乗り
・神殿に供物を捧げ

彼らは“征服者”というより、
“新しい支配者として溶け込む者”でした。

しかし、
エジプト人の心の奥底には、
どうしても消えない痛みがありました。

「異国の者が二重冠を戴いている」

この事実だけは、
テーベの王たちの誇りを深く傷つけたのです。

テーベの沈黙 ―「炎が生まれる前の静けさ」

南のテーベでは、
王たちが静かに牙を研いでいました。

彼らはまだ力が弱く、
ヒクソスに正面から挑むことはできません。

しかし、
テーベの神殿には、
密やかな祈りが積み重なっていました。

「いつの日か、エジプトを取り戻す者が現れますように」

この祈りが、
やがて第17王朝の炎となり、
ヒクソスを追い払う力へと育っていきます。

ヒクソスの時代は“嵐の前の静かな支配”

第15王朝は、
エジプト史の中でも特異な時代です。

・異国の王がエジプトを治め
・新しい技術が流れ込み
・文化が混ざり合い
・南北で異なる世界が育ち
・静かな緊張が積み重なっていく

それは、
大河の上に黒い雲がゆっくりと広がり、
やがて大きな嵐を呼ぶ前の、
不気味な静けさに満ちた時代でした。

そしてこの静けさの奥で、
テーベの炎は確実に育ちつつあったのです。

エジプト 第15王朝(紀元前1663年-1555年頃)

歴代王
サイテス → ブノン → パクナシ → スターン→アフォフィス→アルクレス

いわゆるヒクソス(ヘカウ・カスウト、「異国の支配者たち」の意)と呼ばれる異民族によって王朝が成立する時代です。ヒクソスによる支配権確立の経緯については、約1500年後に記録されたマネトの記述が唯一の史料とされています。

マネトは次のように伝えています。

「トゥティマイオスの代に、原因は不明であるが、疾風の神がわれわれを打ちのめした。そして、不意に東方から、正体不明の闖入者が威風堂々とわが国土に進行して来た。彼らは、圧倒的な勢力を以て、それを簒奪し、国土の首長たちを征服し、町々を無残に焼き払い、神々の神殿を大地に倒壊した。また、同胞に対する扱いは、ことごとく残忍をきわめ、殺されたり、妻子を奴隷にされたりした。最後に彼等は、サリティスという名の王を1人、指名した。彼は、メンフィスに拠って上下エジプトに貢納を課し、最重要地点には守備隊を常駐させた。」
— マネト『エジプト史(AIGUPTIAKA)』

エジプトはそれまで長く平和が続いていたため軍事力が弱体化していました。一方、ヒクソスは馬や戦車、複合弓といった当時の最新軍事技術を持ち込み、エジプトに大きな衝撃を与えます。しかし、ヒクソスの王たちは自分たちより高度なエジプト文化に同化しようと努め、ファラオを名乗って歴代王朝の伝統を継承しました。

第15王朝はメンフィスを占領した後、アヴァリスを拠点にパレスチナからナイル川デルタ東部までを直轄支配し、エジプトを統治します。行政機構は中王国時代の官僚制度を引き継いだと考えられ、多くの実務をエジプト人官僚が担っていたようです。また、テーベに成立していた第16王朝・第17王朝も、一時的にはヒクソスの権威を承認していたと考えられています。

第5章 テーベの小さな炎 ― 抵抗の始まり
(第16王朝・紀元前1650〜1580年)

ヒクソスがデルタを支配し、
アヴァリスの街に異国の旗が掲げられた頃、
エジプトの南――テーベでは、
まったく別の物語が静かに進んでいました。

それは、
大河の底でゆっくりと熱が生まれ、
やがて水面へと昇っていくような、
目には見えない抵抗の時代 でした。

テーベの王たち ―「名も残らぬ守り手」

第16王朝の王たちは、
第13王朝と同じく短命で、
その多くは名がわずかに残るだけです。

しかし、彼らはただの地方王ではありませんでした。

彼らは、
「エジプトの魂を守る者」
という自覚を持っていました。

ヒクソスが北で王を名乗る中、
テーベの王たちは静かに、しかし確固として、
自らの土地と伝統を守り続けたのです。

テーベの街に満ちる緊張と祈り

テーベは南方の要衝であり、
アメン神殿を中心とした宗教都市でもありました。

ヒクソスの支配が広がるにつれ、
神殿には次のような祈りが増えていきます。

「アメンよ、我らの誇りを守り給え」
「いつの日か、エジプトを取り戻す者を遣わし給え」

神官たちは、
ヒクソスの神々がデルタで祀られているという噂を聞き、
そのたびに胸を痛めました。

テーベの人々にとって、
エジプトの神々は大地そのもの。
その神々の座が揺らぐことは、
世界の秩序(マアト)が乱れることを意味したのです。

小さな軍勢、しかし強い誇り

テーベの軍は小規模でした。
ヒクソスの戦車部隊に比べれば、
その力はあまりにも弱く見えました。

しかし、
テーベの兵士たちは誇りを失っていませんでした。

・古い盾を磨き
・槍を研ぎ
・夜ごとに戦の訓練を続け
・アメン神に勝利を祈る

彼らは、
「いつか来る決戦の日」に備えていたのです。

その姿は、
まるで暗闇の中で燃える小さな炎のようでした。

テーベの王宮で交わされた密やかな言葉

ある夜、テーベの王宮で、
王と神官たちが密やかに語り合ったと伝えられます。

「ヒクソスは強い。しかし、彼らはエジプトの民ではない」
「我らが沈黙すれば、エジプトの魂は消える」
「今は耐えよ。炎はまだ小さい。だが、必ず大きくなる」

この会話は、
後のセケンエンラー、カモセ、アハモセへと続く
“解放の意志”の原点となりました。

テーベの民の静かな抵抗

テーベの人々は、
武力ではなく、文化と信仰で抵抗しました。

・アメン神への奉納を増やし
・古い神話を語り継ぎ
・エジプト語の書記教育を守り
・ヒクソスの習俗を受け入れず

彼らは、
「エジプトとは何か」を守り続けたのです。

この文化的抵抗こそが、
後の大反撃の精神的な土台となりました。

小さな炎が、やがて大きな炎へ

第16王朝は、
大きな戦争も、英雄の名も残していません。

しかし、
この時代がなければ、
第17王朝の解放は決して起こらなかったでしょう。

テーベの王たち、兵士たち、神官たち、民たち――
彼らが守り続けた小さな炎は、
やがてセケンエンラーの怒りとなり、
カモセの攻勢となり、
アハモセの勝利となって燃え上がります。

第16王朝は、
「エジプトが再び立ち上がるための、静かな準備の時代」
だったのです。

エジプト 第16王朝(紀元前17世紀-16世紀頃)
第16王朝という名称は後代の歴史家マネトーの記述によるもので、その実態については、ヒクソスの諸侯を寄せ勢力か第13王朝の残存勢力であるとする2うの説があります。第16王朝についてまとまった歴史記録はほとんど残されていません。テーベの第17王朝が勢力を伸ばし第15王朝を滅ぼすと、これらの諸侯の領土もテーベ政権の支配下に入ります。

第6章 解放の序章 ― テーベの炎が燃え上がる
(第17王朝・紀元前1580〜1550年)

テーベの夜空には、
長い間、沈黙が漂っていました。
ヒクソスの支配が北を覆い、
エジプトの誇りは深い霧の中に沈んでいたのです。

しかし、
その沈黙の底で、
ゆっくりと、確実に、
炎が育っていました。

それは、
第16王朝が守り続けた小さな火種が、
ついに燃え上がる瞬間でした。

セケンエンラー ―「傷だらけの王」

第17王朝の始まりとともに、
テーベに一人の王が立ち上がります。

セケンエンラー・タオ
後に「勇敢王」と呼ばれる人物です。

彼はヒクソスに対して、
初めて真正面から反旗を翻した王でした。

ヒクソス王アペピとの間には、
有名な挑発の書簡が残っています。

「お前の地のカバが、我が地の眠りを妨げる」

これは明らかな侮辱でした。
セケンエンラーは怒り、
テーベの軍を整え、
ついに武器を取ります。

戦いは激しく、
彼のミイラには深い傷が残っています。

・額を割る打撃
・頬を貫く槍
・頭蓋を砕く斧

その傷跡は、
「王自らが最前線で戦った」
という証でした。

彼の死は悲劇でしたが、
その死はテーベに炎を灯しました。

カモセ ―「炎の王、怒りの継承者」

兄の死を受け、
王位に就いたのが カモセ です。

彼はセケンエンラーの怒りを継ぎ、
さらに強い意志でヒクソスに挑みました。

● テーベの軍勢、北へ進む

カモセは軍を率いて北へ進軍し、
ヒクソスの支配地を次々と攻撃します。

・アヴァリスへ向かう補給路を断ち
・ヒクソスの同盟部族を撃破し
・ナイルを北上して敵の心臓部へ迫る

彼の戦いは、
エジプト全土に衝撃を与えました。

「テーベが立ち上がった」
「エジプトが戻ってくる」

民衆の間に、
久しく忘れられていた希望が広がっていきます。

● カモセの決意

ある夜、カモセは神官にこう語ったと伝えられます。

「我らは二つの国に裂かれている。
だが、エジプトは一つでなければならぬ。
そのためなら、我が命を惜しまぬ。」

彼の言葉は、
テーベの兵士たちの胸を熱くしました。

しかし、
カモセもまた戦いの中で命を落とします。

彼の死は、
炎が一瞬弱まるように見えました。

アハモセ ―「新王国の扉を開く者」

しかし、炎は消えませんでした。

カモセの弟、
アハモセ が王位を継ぎます。

彼は若く、
しかし誰よりも強い意志を持っていました。

● アハモセの改革

アハモセはまず、
テーベの軍を再編し、
ヒクソスの戦車に対抗できる部隊を育てます。

・戦車部隊の創設
・複合弓の導入
・ヌビア兵の採用
・ナイル艦隊の強化

彼はヒクソスの技術を学び、
それをエジプトの力へと変えたのです。

● アヴァリス攻略 ―「長い夜の終わり」

ついにアハモセは北へ進軍し、
ヒクソスの都アヴァリスを包囲します。

戦いは長く、激しく、
アヴァリスの城壁は何度も崩れ、
何度も修復されました。

しかし、
アハモセは決して退きませんでした。

そしてついに、
アヴァリスは陥落します。

ヒクソスは追放され、
エジプトは再び一つの国となりました。

新王国の夜明け

アハモセの勝利は、
エジプト史における大転換点でした。

・ヒクソスの支配を終わらせ
・エジプトを再統一し
・新王国(第18王朝)への扉を開いた

この瞬間、
エジプトは再び世界の中心へと返り咲きます。

第17王朝は短い王朝でしたが、
その物語はあまりにも濃く、
あまりにも熱く、
エジプトの魂そのものでした。

エジプト 第17王朝(紀元前1663-1570年頃)
エジプト第17王朝(紀元前1663〜1570年頃)は、テーベを中心に勢力を蓄えた地方王朝です。古代エジプト人は当初、第15王朝ヒクソスに臣従していましたが、やがて第17王朝は異民族追放を大義としてヒクソスと戦うようになります。こうして第17王朝の王たちは軍事力を強化し、北方へ進撃してヒクソスを打倒し、エジプトを再び統一しました。

この統一をもって第2中間期は終焉し、新王国時代が始まったとされています。新王国のファラオたちは、従来の防衛的な姿勢から一転して積極的な対外政策を展開し、国境を越えてアジア方面へ進撃しました。その結果、エジプトは広大な領域を支配する「世界帝国」へと変貌を遂げていきます。

北部がヒクソス第15王朝、南部がテーベ第17王朝

蛇神大物主神より授かりし神秘の恩恵
史上初!潜在意識の深海で甦る ― 奇跡の再生ヒーリング
薬に頼らずメンタル不調を瞬時に解消


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愛媛県松山市出身。 国立理系大学院卒の元大手半導体材料研究開発エンジニア。(CPU基盤材料、太陽電池材料の研究開発に関わる) 関西在住時にうつ病療養のため何度か尋ねた蛇神大物主神を祀る奈良大神神社で不思議な体験を経験。それをきっかけに記紀を読むこと十年後、祖先は宇佐八幡初代神官大神比義、さらには大神神社(地祇系三輪・大神氏)といった蛇神族の血流(神官系)につながることをつきとめます。 また、20年間あらゆる療法を試しても治らなかった難治性うつ病も瞑想と催眠の研究を続けていくことで奇跡的に解消し、人間に備わる自然治癒力発動法を発見します。独自のヒーリング法を確立し5年間精神疾患者への対面施術指導を行った後コロナ禍以降は引退。現在はサイトを立ち上げオンラインでHSP向けセルフヒーリングを提供しています。 自身の経験をもとに、「この世界には、時に説明のつかない出来事が起こり奇跡が起こる」ということを伝えていきたいと考えています。 「引き寄せの法則」などのスピリチュアル、宗教団体とは関係ありません。
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